A microscopic visual feedback system
Transcript of A microscopic visual feedback system
論 文
マイクロビジュアルフィードバックシステム
奥 寛雅† 石井 抱†† 石川 正俊†
Microscopic Visual Feedback System
Hiromasa OKU†, Idaku ISHII††, and Masatoshi ISHIKAWA†
あらまし 近年,ビデオ信号を用いた従来の視覚システムと比べ高速に画像の取得・処理が可能である高速視覚の研究が進み,様々な分野への応用研究が進められている.本論文では,半導体や細胞など微小な物体の制御・操作に高速視覚が適していることを説明し,高速視覚によるビジュアルフィードバックによって微小な対象を制御する手法であるマイクロビジュアルフィードバック (MVF;Micro Visual Feedback)を提案する.そして,一般にマイクロビジュアルフィードバックシステム (MVFシステム)を構成すると考えられる要素を挙げ,各要素に求められる仕様を検討し,その仕様に基づいて実際にMVFシステムを構築する.最後に制御性能確認実験からMVFシステムが実際に運動する微小な対象を制御する能力を有することを確認し,応用動作実験としてゾウリムシのトラッキングを行い,運動の軌跡を取得できることを示すことで,本システムの有効性を示す.
キーワード 高速視覚,マイクロ世界,ビジュアルフィードバック
1. ま え が き
近年,画像を高速に取得・処理することができる高
速視覚として超並列・超高速ビジョンチップ [1]が注
目されている.これは 1チップ上にセンサと並列処理
要素が画素毎に 1対 1に結合した構造を集積化したも
のであり,超並列処理により,ビデオ信号を用いた従
来の視覚システムと比べ,画像の取得から処理までの
一連の動作を高速に実現可能とする.石川らはこのよ
うな汎用ビジョンチップデバイスの開発と並行して,
高速視覚を用いた様々な応用システムの研究を進めて
おり,これまでに高速対象追跡 [2]や高速把握 [3]など
の様々な用途で高速視覚が有効であることを示してい
る.
一方で,代表的な長さがマイクロメートルオーダー
であるマイクロ世界では,物体の運動が通常世界に比
べて一般に高速であり [4],このことは物体のスケール
により運動の性質が変化するスケーリング則 [5]とし
†東京大学大学院 工学系研究科 計数工学専攻,東京都Department of Mathematical Engineering and Information
Physics, Graduate School of Engineering, The Univ. of
Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo, 113-8656 Japan††東京農工大学 電気電子工学科,東京都
Department of Electrical and Electronic Engineering Tokyo
University of Aguriculture and Technology, 2-24-16 Naka-
machi, Koganei-shi, Tokyo, 184-8588 Japan
て知られている.このようにマイクロ世界において対
象は高速に運動を行うため,マイクロ世界における対
象の運動を制御するためには,高速な計測レートと高
速なセンサ情報処理能力を有するセンサシステムが必
要となる.このようなセンサシステムとして,高速視
覚はこれらの要求に対して十分な性能を持つセンサシ
ステムであり,従来難しいとされてきたマイクロ世界
における環境に対応した自律的な制御を可能とするも
のである.
そこで本論文では,高速視覚を用いてマイクロ世界
における対象情報をフィードバックすることによりマ
イクロ世界対象を制御することを提案する.特に本
論文ではこのマイクロ世界におけるビジュアルフィー
ドバック制御をマイクロビジュアルフィードバック
(MVF;Micro Visual Feedback)と呼ぶこととしマ
イクロビジュアルフィードバックを実現する上で要求
されるシステム仕様を検討した上で,その仕様に基づ
き,マイクロビジュアルフィードバックシステムを試
作する.最後に試作したシステムについてその性能を,
実際にいくつかの動作実験を行うことにより検証し,
マイクロビジュアルフィードバックシステムの有効性
を示す.
2. マイクロ世界と高速視覚センサ
近年,マイクロメートルオーダーの長さが代表的で
電子情報通信学会論文誌 D–II Vol. J84–D–II No. 6 pp. 1–8 2001年 6月 1
電子情報通信学会論文誌 ’101/6 Vol. J84–D–II No. 6
あるマイクロ世界に属する対象を操作する必要が増
している.例えば生体におけるマイクロマニピュレー
ション [6]や半導体デバイスに対するマイクロプロー
ブなど様々な分野などで訴えられている.このような
マイクロ世界の対象を操作することはマイクロマシン
分野における重要な課題であるが,特にマイクロ世界
の環境に対応した自律的な操作はあまり実現されてい
ない.この理由としては,マイクロ世界の対象をその
周囲の環境も含めて計測することに適したセンサがほ
とんどなかったことが挙げられる.
マイクロ世界の対象をその周囲環境も含めて計測す
るためのセンサに適した特徴としては,高精度な計測
能力,計測における非接触性,センサ情報取得・処理
の高速性,があげられる.なかでも,運動する微小な
対象の制御を目的とする場合,センサ情報取得・処理
の高速性が特に重要になる.
マイクロメートルオーダーの物体は,スケーリング
則で代表されるように我々の生活する日常世界より高
速な運動に支配されている.例えば片持ち梁などの共
振子の共振周波数 ωはスケール Lに対して ω ∝ L−1
となるので,スケールが 1/100倍になると共振周波数
は 100倍になる.このようにマイクロ世界では物体は
高速に運動するようになるので,マイクロ世界で対象
を計測するためにはセンサ情報のサンプリングレート
が高いことが求められる.また高速に取得されてくる
大量のセンサ情報から有効な情報を抽出し実時間で
フィードバックするための高速なセンサ情報処理が重
要となる.
一方,従来からマイクロ世界対象の計測では視覚セ
ンサがよく用いられてきた.視覚センサは非接触型セ
ンサであり顕微鏡などの光学系と組み合わせることに
より高精度に対象を計測できるので,非接触かつ高精
度という二つの要求を満たす事ができる.このように
視覚センサは微小対象のセンサとして優れた特徴をも
つため,現在までに CCDなどの従来の視覚センサを
用いてマイクロマニピュレーションを自動化したり,
補助を行うことを目的とした研究 [7]~ [10]が行われ
てきた.しかし,これらの研究では従来の視覚システ
ムを用いているので,ビデオ信号によるフレームレー
トの制約(30Hzもしくは 60Hz)のためにマイクロ世
界センサに必要とされる高速な計測レートを実現でき
ないという問題点があり,特に運動する微小な対象の
制御は従来のシステムでは難しい.
これに対してビジョンチップで代表される画像の獲
High SpeedVision
Help!
Control Processor -high performance -high speed IO
High Speed Vision -high frame rate -high speed image transaction
Actuator -high speed frequency response -extra ordinaly position accuracy -large motion space
図 1 MVFシステムコンセプトFig. 1 Concept of MVF system
得から情報処理までを高速化した高速視覚は,マイク
ロ世界センサに必要とされる高速な計測レートを実現
でき,さらに従来の視覚センサが持つ計測の非接触
性・高精度な計測能力といった優れた特徴も併せ持つ
ものである.ゆえに高速視覚は微小な対象の制御を目
的としたマイクロ世界センサに適したものと考えられ
る.
3. マイクロビジュアルフィードバック(MVF)の提案
そこで本論文ではビジョンチップに代表される画像
の取得・処理の両方が高速である高速視覚をセンサ
システムとして用いて,マイクロ世界の対象情報を
フィードバック制御するマイクロビジュアルフィード
バック(MVF;Micro Visual Feedback)の考えを提
案する.
本論文で考えるマイクロビジュアルフィードバック
システム(MVFシステム)の具体的なコンセプトを
図 1に示す.図に示したようにMVFシステムは,マ
イクロ世界におけるマニピュレーションの自律化,知
能化を実現するべく高速視覚でマイクロ世界物体を認
識し,その物体に対して何らかの操作を行うものであ
り,代表的な構成要素としては(a)高速視覚,(b)
アクチュエータ,(c)制御プロセッサ,が考えられ
る.
半導体やバイオテクノロジーの発達により微小な対
象のマニピュレーションは重要性を増してきており,
操作効率の点から微小な対象の持つ高速性を活かす高
速マニピュレーションが重要になると考えられる.さ
らに従来では不可能であった高速なマニピュレーショ
ンが可能となるため,微小構造の超高速加工や超高速
組み立てといった新しいマニピュレーションの実現が
期待される.MVFは,微小な対象が持つ高速という
2
論文/マイクロビジュアルフィードバックシステム
PD array128 x 128
PE array128 x 128
8bitADC
Image input
Summationcircuit
Controllerto DSPnetwork
Control signals Instructions
128
Columnparallelimage
transferpixels PEs
Imagefeatureextraction
Columnparalleldata inout
1ms
図 2 CPVシステムFig. 2 CPV system
特性を最大限に活かし,従来では難しかった高速なマ
イクロマニピュレーションを可能にするものである.
4. 試作したシステムの概要
このようなMVFの概念が有効であることを原理的
に示すために,実際に顕微鏡下のマイクロオーダーの
対象を追尾し,常に顕微鏡視野の中に捕捉することを
目的としたMVFシステムの試作を行う.
4. 1 列並列ビジョン(CPV)システム [11]
高速視覚システムとして,列並列画像伝送と完全並列
な処理要素を組み合わせた列並列ビジョン(CPV)シ
ステムを使用する. 128×128画素のフォトディテクタ(PD)アレイと,画素に 1対 1に対応した 128×128の並列処理要素(PE)アレイを持ち, PDアレイか
ら列並列に伝送された画像情報を PEアレイが並列に
処理することで高速なフレームレートで様々な画像処
理を同一システムで高速に実現可能とするものであ
る.図 2に CPVシステムの構造を示す.今回用いた
システムではモノクロ 8階調の画像を 1.28[ms]毎に
取得・処理できる.
4. 2 システム構成要素
試作したMVFシステムを図 3に示し,それらの構
成要素のブロックダイアグラムを図 4に示す.
以下,システムの各構成要素を説明する.
a ) リニアアクチュエータによる可動ステージ
マイクロ世界の対象を制御するアクチュエータとし
て, SMC製の XYステージ, LAL00-X070を用い
る.このアクチュエータの仕様を表 1に示す.また X,
Y軸毎にトルク指令値を入力,ステージ位置を出力と
して計測した周波数応答をそれぞれ図 5,6に示す.こ
の XYステージは十分に広いストローク,高速な応答
と高い位置精度を持つ.
b ) 並列処理DSP制御システム
高速視覚とアクチュエータを用いた高速制御を実現
CCD camera
XY stage
Object
128x128 PD array
128x128 PE array+ controller
図 3 試作したMVFシステムFig. 3 Developed MVF system
XY stage
128x128 PD array
Object
Image
128x128 Processing Elements
&Controller
DSP System
DSPC40
DSPC40
DSPC40
Image featurevalue
Actuator position
Torque instruction
CPV
図 4 MVFシステムブロックダイアグラムFig. 4 MVF system block diagram
X軸 Y軸ストローク 25[mm] 25[mm]
可動部質量 1.25[Kg] 0.25[Kg]
定格電流 1.2[A] 1.2[A]
推力定数 14[N/A] 7.8[N/A]
エンコーダ分解能 1[µm] 1[µm]
表 1 XYステージ仕様Table 1 XY stage specification
するために Texus Instruments社製の並列処理 DSP
である TMS320C40を用いたDSPシステムを使用す
る.このシステムは複数処理並列実行, DSP間の非
同期通信などが可能であり,高速な I/Oを持つと同時
にms以下のオーダーでの高速リアルタイム制御がで
きる.本論文では実際のシステムのうち 3個の DSP
を用いてシステムの制御を行っている.
c ) 顕微鏡システム
顕微鏡としては OLYMPUS製ステージ固定式正立
顕微鏡 BX50WIを用いる.この顕微鏡では透過光・
3
電子情報通信学会論文誌 ’101/6 Vol. J84–D–II No. 6
-240
-210
-180
-150
-120
-90
1 10 100
-80
-60
-40
-20
0
20
Gai
n [d
b]P
hase
[deg
]
Frequency [Hz]
図 5 X軸周波数応答Fig. 5 X axis frequency response
反射光の 2種類の光源での観察が可能であり,倍率は
50倍から 3750倍まで変化させることが可能なもので
ある.また,高速視覚システムへの入力画像をモニタ
するための CCDカメラが装着されている.
5. 実 験
本論文で提案したMVFシステムがマイクロ世界の
対象を実際に制御でき,現実に応用できることを確認
するために運動対象制御実験と,応用動作実験の 2つ
を行う.
5. 1 運動対象制御実験—片持ち梁振動制御
従来,画像センサは高速な制御に用いられることは
ほとんどなかったため,MVFシステムのように高速
視覚によって運動する対象を計測して制御する場合画
像特徴量に含まれる量子化誤差などがどのように制御
に影響するか予測できない.そこで,構築したMVF
システムが全体として十分線形とみなせ,特に高速視
覚システムを高速に運動する対象の制御用センサとし
て用いることに問題がないことを確かめることを目的
とする実験を行う.
本実験ではマイクロマシン分野で一般的な振動構造
-80
-60
-40
-20
0
-240
-210
-180
-150
-120
-90
1 10 100
Gai
n [d
b]P
hase
[deg
]
Frequency [Hz]
図 6 Y軸周波数応答Fig. 6 Y axis frequency response
である片持ち梁の振動制御を目的とする.振動してい
る微小な片持ち梁を顕微鏡を通して高速視覚によって
測定し,その視覚情報から片持ち梁の振動を抑制する
制御を行う.
対象となる梁はその片方の端がアクチュエータに治
具を介して固定されており,アクチュエータによって
その端の位置が制御できるようになっている.図 7に
梁の図を示す.高速視覚は梁の固定されている端か
ら 35[mm]の場所を顕微鏡(倍率 5倍)を通して観測
しており,梁の横方向の 1次振動を視覚情報から制
御する.梁の変位は,画像の重心位置とアクチュエー
タ位置から求める.制御するのは横方向の 1次振動の
みとしているので,アクチュエータは 1自由度のみを
使用する. 梁として軟銅(ヤング率 118[GPa],密
度 8.89[Mgm−3])を主成分とし,長さ 79[mm]で直
径 260[µm]の円形断面を持つ針金をもちいる.弾性体
の理論からこの梁の一次の固有振動周波数は 21.1[Hz]
である.
制御器を設計するために,MVFシステムの各要素
と制御対象である梁をモデル化する.高速視覚システ
ムは対象の位置がそのまま出力される最も理想的なセ
4
論文/マイクロビジュアルフィードバックシステム
79m
m35
mm
Vision watcheshereObject(Beam)
260[ m]
Beam diameter
vibration
図 7 制御対象 — 片持ち梁Fig. 7 Object - beam
x̂
Actuator Objects1 -F2
u Compensatorfor friction
Observer
actuatorposition
-F1
+- +
+eposition
desiredposition
図 8 振動制御系Fig. 8 Vibration control diagram
ンサと仮定する.アクチュエータのモデルはその構造
から 2次系とし,周波数応答からダイナミクスのパラ
メータを求める.梁は 1次の振動のみを制御すること
とし, 2次系としてモデル化する.パラメータは梁の
自由振動を計測して同定を行う.
制御器は Smith-Davisonのサーボ設計法 [12]によ
りサーボ系のフィードバック補償器を設計し,オブ
ザーバと組み合わせて制御系を構築する.アクチュ
エータと片持ち梁を組み合わせた系を制御対象とし,
制御周期は I/Oの応答速度などから 1.4[ms]とした.
以上のような構成で片持ち梁の振動を高速視覚から
の情報で制御し,止める実験を行う.片持ち梁は最初
に外乱を与えて振動させておき,その自由振動から梁
のダイナミクスパラメータを推定する.推定後に制御
器をオンラインで構築し,アクチュエータを制御する
ことで振動を抑制する制御を行う.なお,この実験で
は機材の都合上から高速視覚システムとして 24x24画
素をもつビジョンチップ v.4.2 [13]とコントローラを
組み合わせたものを使用する.本実験の範囲では,こ
の高速視覚システムは CPVに比べて画素数が少ない
ものとみなせる.
この実験における対象となる梁の軌跡を図 9に示す.
図中において t=0以前では梁のダイナミクスパラメー
タを同定しており, t=0以後は同定したパラメータか
-80
-60
-40
-20
0
20
40
60
80
100
-1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2
Object position
Obj
ect P
ositi
on[
m]
Time [s]
Servo control with identified parametersEstimate dynamics parameters(desired position : 0)
図 9 梁の横振動の軌跡Fig. 9 Trajectory of the beam
t = 0.3 [s]
t = 0.6 [s] t = 0.9 [s]
t = 0 [s]
260 [micro m]
図 10 梁の連続写真Fig. 10 Photographs of the beam from CCD for mon-
itoring
らオンラインで制御器を構築して振動をとめる制御を
行っている.図より対象の振動を制御して止めること
ができていることがわかる.またモニター用 CCDカ
メラからの連続写真を図 10に示す.
推定・制御実験は 5回行った.この 5回の実験で
推定された片持ち梁の一次の固有振動数の平均値は
21.20[Hz],最小値は 21.19[Hz],最大値は 21.22[Hz]
である.この片持ち梁の理論的な一次固有振動数は
21.1[Hz]であり,MVFシステムは片持ち梁の固有振
動数を 3桁の精度で推定したことがわかる.また,推
定値から構築される振動制御器を評価するために,制
御器のステップ応答を計測した.制御器の極配置から
求まる理論的な応答と実験の応答を一つにまとめたグ
ラフを図 11に示す.実験の応答は,立ち上がりは理論
的な応答とほぼ同じだが振動が残っており,この原因
5
電子情報通信学会論文誌 ’101/6 Vol. J84–D–II No. 6
-20
0
20
40
60
80
100
120
140
160
-1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3
Theoretical trajectory
Experimental trajectory
Time [s]
Obj
ect p
ositi
on [m
icro
m]
図 11 梁のステップ応答Fig. 11 Step response of the beam
としては片持ち梁のモデル化で無視した 2次以上の振
動成分の影響が考えられる.これからモデル化誤差を
除けば設計に近い制御性能を実現していると考えられ
る.
以上の結果から片持ち梁の振動を高速視覚の情報か
ら制御し,振動を制御できていることがわかる.この
ことから提案・構築したMVFシステムは,全体とし
て十分線形であり,高速視覚システムは高速に運動す
る対象を制御するためのセンサとして適用可能である
ことがわかった.
5. 2 応用動作実験—ゾウリムシのトラッキング
次にMVFシステムが現実に応用可能であり,実際
に微小な対象を制御できることを確認する実験を行う.
MVFシステムが応用されることが予想される分野と
して半導体検査やマイクロマシンの制御,バイオテク
ノロジーなどが考えられるが,本実験では特に将来的
に重要になると考えられるバイオテクノロジー分野へ
の応用を念頭において実験を行う.
生物の分野において光学顕微鏡における対象の観察
は重要な手法である.しかし動物のような運動する対
象は顕微鏡の視野からすぐにはずれていってしまうた
め,自然な状態での長時間の観測は困難であるという
問題がある.例えばバクテリアは一秒間に体長の 50
倍程度の速度で泳ぐ [14]ので,視野にちょうど収まる
倍率で観測していたとすると, 1/50秒で視野を通り
すぎることになる.このような高速な対象を計測する
ためにはCCDなどの従来の視覚システム (30[Hz])で
は遅すぎるため,高速なビジュアルフィードバックが
必要である.そこでMVFシステムを用いて運動する
生物を視野内にトラッキングし,対象となる生物の情
High SpeedVision
ServoController
coordinatetransformation Actuator Object
center of mass of image
desiredimagefeature
image
Actuators1 -F2
u
Observer
actuatorposition
-F1
+- +
+e position
desiredposition
x̂
Compensator forfriction,gravity
for each axis
+ -
図 12 ターゲットトラッキング制御系Fig. 12 Target tracking control diagram
報を計測する実験を行う.
MVFシステムでは奥行きの情報がとれないので,
全方向に泳ぎまわるバクテリアは扱えない.そこでバ
クテリアより大きくて,プレパラートによって画像平
面内に拘束できるゾウリムシを視野内にトラッキング
する実験を行う.視野内でのゾウリムシの位置を高速
視覚によって観測し,常に視野中央にくるようにアク
チュエータを制御してトラッキングを実現する.実験
機材の都合上,画像周囲に影ができるため,画像中央
の 64×64画素 (一辺が 400[µm]に相当)のみを画像処
理することとし,位置は画像重心で計測する.制御は
位置ベースのビジュアルサーボを用いる.図 12に制御
系の図を示す.また,顕微鏡の倍率は 20倍に設定す
る.
実際にゾウリムシをトラッキングした時の連続写真
を図 13に,アクチュエータ位置と高速視覚中での位置
から計測したゾウリムシの軌跡を図 14,15に示す.
また高速視覚によるゾウリムシの像を図 16に示す.
図 13の連続写真を計測した時の軌跡が図 14である.
また,ゾウリムシは体型が非相称型なので螺旋状に回
転しながら一方向に運動する特徴があり,そのため図
15では軌跡がうねっている.
以上の結果からMVFシステムが運動する生物を視
野内にトラッキングし続けることができることがわか
り,微生物の操作・制御が将来的に可能であることが
示せた.このことから,MVFシステムは現実に応用
可能であり,実際に微小な対象を制御できることがわ
かった.ゾウリムシは一秒間に体長 (約 200[µm])の 5
倍程度の距離を泳ぐので約 0.4秒で視野を横切ること
になる.ゾウリムシが対象の場合は必ずしもMVFが
必要ではないが,より速いバクテリアなどのトラッキ
6
論文/マイクロビジュアルフィードバックシステム
t = 0[s] t = 1[s] t = 2[s]
t = 3[s] t = 4[s] t = 5[s]
t = 6[s] t = 7[s] t = 8[s]
x
y
図 13 モニタ用 CCDによるゾウリムシの連続写真Fig. 13 Photographs of a paramecium from CCD for
monitoring
-500 -400 -300 -200 -100 0 100 200 300 400-200
-100
0
100
200
300
400
500
600
700
800
t = 0 [s]
t = 8.0 [s]
X position [micro m]
Y p
ositi
on [m
icro
m]
Usual size ofa paramecium
図 14 ゾウリムシの走行軌跡 1Fig. 14 Trajectory of a paramecium No.1
ングまで考慮すると,やはりMVFが必要である.
6. 考 察
MVFによって対象を制御するためには, (i)対象の
運動が高速視覚システムで計測できる速さであること,
(ii)対象が光学系の分解能よりも大きいこと,が必要
である.本論文の高速視覚システムのフレームレート
は約 780[Hz]であり,サンプリング定理から 390[Hz]
以下の周波数の信号が計測可能である.また,MVF
システムの光学系の分解能は約 1[µm]である.よって,
(i)最大応答周波数が 390[Hz]以下, (ii)大きさ 1[µm]
以上,が対象に要求される必要条件である. (i)の周
波数は,振動制御実験で用いた片持ち梁のスケールを
約 1/20にしたものの一次固有振動周波数に相当する.
0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000 10000-10000
-9000
-8000
-7000
-6000
-5000
-4000
-3000
-2000
-1000
0
X position [micro m]
Y p
ositi
on [m
icro
m]
t = 0 [s]
t = 12.6 [s]
Usual size ofa paramecium
図 15 ゾウリムシの走行軌跡 2Fig. 15 Trajectory of a paramecium No.2
800 [micro m]
図 16 CPVシステムによるゾウリムシ像Fig. 16 Image of a paramecium from CPV system
MEMSのアクチュエータを制御対象に仮定して考察
すると,現在まで試作されてきた静電モーターは,大
きさは 100[µm]程度,その回転数は最高で 500[回転
/s]程度 [15]であり,そのほとんどがMVFで制御可
能な条件を満たす.逆に静電のリニアアクチュエータ
は,大きさは 1[mm]程度だが,数千 [Hz]以上の高い
共振周波数をもつため [16] MVFで制御可能な条件を
満たせない.アクチュエータ全体でみると,これまで
MEMSの分野で研究されてきたアクチュエータの半
分以上はMVFで制御可能である.制御できない対象
のほとんどは最大応答周波数の制限を満たせないこと
が原因であり,高速視覚のフレームレートがMVFの
性能を決めていることがわかる.
7. む す び
本論文では,高速視覚がマイクロ世界対象の計測・
制御に適していることを説明し,マイクロビジュアル
7
電子情報通信学会論文誌 ’101/6 Vol. J84–D–II No. 6
フィードバック(MVF)の概念を提案した.そして,
MVFシステムを構成する一般的な要素をあげ,各要
素に要求される仕様を説明した.この仕様にしたがっ
てMVFシステムを実際に構成し,その基本的な制御
性能を確認する実験と応用動作実験を通じて本システ
ムの有用性を示した.
本システムでは 2次元の画像を直接高速視覚システ
ムで観測しているため,対象情報は 2次元に限られて
いるが,実際に微小対象の操作を行うためには対象の
3次元情報が重要であり,今後計測の 3次元化の研究
がより重要になると考えられる.
謝辞 本研究を行うにあたり,大変お世話になりま
した東京大学理学部生物科学科分子生理学研究室の神
谷教授と研究室の方々に感謝致します.
文 献
[1] 石川, “超並列・超高速視覚情報システム -汎用ビジョンチップと階層型光電子ビジョンシステム-”, 応用物理,第 67巻, pp. 33–38, 1998.
[2] 中坊, 石井, 石川, “超並列・超高速ビジョンを用いた 1msターゲットトラッキングシステム”, 第 15巻, p. 417.
[3] 並木, 中坊, 石井, 石川, “高速センサフィードバックを用いた感覚運動統合把握システム”, 第 4回ロボティクスシンポジア 予稿集, pp. 1–6, 1999.
[4] 原島文雄, 江刺正喜, 藤田 博之編, マイクロ知能化運動システム, 日刊工業新聞社, 1991.
[5] W.Trimmer, “Microrobots and micromechanical sys-
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(平成 12年 8月 25日受付, 12月 22日再受付)
奥 寛雅
平 10東大・理・物理卒.平 12同大大学院工・計数修士課程了.平 12同大大学院博士課程進学,現在に至る.高速視覚によるマイクロマニピュレーションに興味を持つ.
石井 抱
平 4東大・工・計数卒.平 6同大大学院修士課程了,同大工学系研究科計数工学専攻助手を経て,平 12東京農工大学工学部講師, 現在に至る.工学博士.ビジョンチップ,センサ並列情報処理,ロボット制御システムの研究に従事.平 10日本ロ
ボット学会論文賞,平 11同学術奨励賞,第 2回 LSI IPデザインアワード IP優秀賞受賞.
石川 正俊 (正員)
昭 52東大・工・計数卒.昭 54同大大学院修士修了.同年,通産省工業技術院製品科学研究所に入所.平1東大・工・計数助教授,平 11東大・工・計数教授,現在に至る.生体の情報処理機構の回路モデル,超並列・超高速ビジョン,光コンピュー
ティング,センサフュージョン等の研究に従事.工博.昭 59計測自動制御学会論文賞,昭 63工業技術院長賞,平1応用物理学会光学論文賞,平 10高度自動化技術振興賞 (本賞), 平 10日本ロボット学会論文賞,平 11日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス部門学術業績賞,平 11櫻井健二郎氏記念賞,平 12LSI IPデザイン・アワード IP優秀賞受賞.
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