2013 アジアにおける軍事戦略の変遷と米海兵隊の将来(道下徳成)

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日米同盟の課題と沖縄の米軍基地 政策研究大学院大学准教授 本報告書は、アジアにおける軍事戦略の変遷、主要な紛争・対立のシナリ オとそれへの対応策、そして冷戦期と今後の米海兵隊の任務などを検討する ことを通じて、今後のアジアの安全保障や沖縄の基地問題を考える上での参 考となることを目的とするものである。 1. ――日本を取り巻く戦略環境は冷戦の終焉を受けて大きく変化し、アジアにお ける軍事戦略もそれに対応して大きく変化してきた。冷戦期における軍事戦 略の特徴は、①ソ連という明確な脅威、②グローバル戦争のシナリオが前提、 ③「抑止」(deterrence )が基本、などであった。それが冷戦後には、①不明確 で多様な脅威、②地域紛争のシナリオが前提、③「抑止」から「対処」 defense)への重点の移動、などがその特徴となった。これに伴い、日米両国 の軍事戦略も冷戦終焉を受けて変質していったのである。 1東アジアにおける冷戦の特徴は次のようなものであった。第 1 に、日本は 極東で米ソが対立する戦域の中心に位置していた。1970 年代にソ連がオホ ーツク海に潜水艦発射弾道ミサイル( SLBM )を搭載する原子力潜水艦 SSBN)を配備したことによって、ソ連極東戦域の戦略的重要性が飛躍的に 高まった。そして、ソ連は、この地域に Tu-22M バックファイア爆撃機をはじめ とする各種の爆撃機や戦闘機、キエフ級ミサイル搭載空母、SS-20 中距離弾 道ミサイルなどを配備した。この結果、太平洋艦隊はソ連の 4 つの艦隊のな かで最大のものとなり、ソ連軍の 4 分の 1 から 3 分の 1 の戦力が極東地域に 配備されることになった。 51

Transcript of 2013 アジアにおける軍事戦略の変遷と米海兵隊の将来(道下徳成)

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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アジアにおける軍事戦略の変遷と 米海兵隊の将来 政策研究大学院大学准教授

道下 徳成

本報告書は、アジアにおける軍事戦略の変遷、主要な紛争・対立のシナリ

オとそれへの対応策、そして冷戦期と今後の米海兵隊の任務などを検討する

ことを通じて、今後のアジアの安全保障や沖縄の基地問題を考える上での参

考となることを目的とするものである。

1. アジアにおける軍事戦略の変遷――冷戦期と現在の比較

日本を取り巻く戦略環境は冷戦の終焉を受けて大きく変化し、アジアにお

ける軍事戦略もそれに対応して大きく変化してきた。冷戦期における軍事戦

略の特徴は、①ソ連という明確な脅威、②グローバル戦争のシナリオが前提、

③「抑止」(deterrence)が基本、などであった。それが冷戦後には、①不明確

で多様な脅威、②地域紛争のシナリオが前提、③「抑止」から「対処」

(defense)への重点の移動、などがその特徴となった。これに伴い、日米両国

の軍事戦略も冷戦終焉を受けて変質していったのである。

(1) 冷戦期の軍事戦略 東アジアにおける冷戦の特徴は次のようなものであった。第 1 に、日本は

極東で米ソが対立する戦域の中心に位置していた。1970 年代にソ連がオホ

ーツク海に潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を搭載する原子力潜水艦

(SSBN)を配備したことによって、ソ連極東戦域の戦略的重要性が飛躍的に

高まった。そして、ソ連は、この地域に Tu-22M バックファイア爆撃機をはじめ

とする各種の爆撃機や戦闘機、キエフ級ミサイル搭載空母、SS-20 中距離弾

道ミサイルなどを配備した。この結果、太平洋艦隊はソ連の 4 つの艦隊のな

かで最大のものとなり、ソ連軍の 4 分の 1 から 3 分の 1 の戦力が極東地域に

配備されることになった。

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在していることから、日米は弾道ミサイル防衛(BMD)に関する協力関係を一

層緊密にするとともに、レーダーシステムや海上戦力の拡充を図ることが必要

となる。また、領有権をめぐる緊張が高まっていることで、南西諸島が日本の

防衛配備の新たな焦点としてクローズアップされただけでなく、海軍力の増強

を図る中国に対抗するために必要な戦略的配備を真剣に問い直す必要性が

生まれている。

日本に駐留する米軍の前方展開部隊は、アジア太平洋地域における戦力

配置の基盤であり、これらの部隊が今後も長期にわたって活動できるかどうか

は、日本の国民と政府の間に日米同盟への確かな支持を確立する新たな戦

略が作り出せるかどうかにかかっている。二国間で危機管理対策を強化する

ための緊密な協力をはじめとして、日本の防衛ミッション全般にわたる作戦協

力のネットワーク構築、起こりうる紛争に対応するスムーズな作戦行動を可能

にする基地体制の整備には、日本を含めたアジア太平洋地域全体に適切か

つ効率的な施設を整備することが前提となる。

これまでに米国や欧州で導入された種々のオプションを活用しながら新た

な基地整備モデルを策定できれば、今後に向けた日米両政府の新たな選択

肢を見出すことも可能であろう。米軍単独の利用を前提とした基地建設はも

はや現実味を失っており、日本国内にもこのアプローチに必要な資金や国民

の支持はない。これに代わって必要となるのは、立地・内容ともに多様な選択

肢を活用しながら米軍と自衛隊の間に緊密な連携と連絡の体制を整える、よ

り柔軟性に富んだ発想である。これからの米軍は、21 世紀における繊細なア

ジア情勢に対し、政治的に適切な決断を下しながら展開を図ることが不可欠

となるであろう。

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図表 2: ソ連からみた北西太平洋と艦艇の行動経路

出典: U.S. Department of Defense, Soviet Military Power: Prospects for Change (1989) を基に沖縄県作成

こうした地政学的背景のもと、日本は自国の防衛力強化を通じて西側陣営

による対ソ封じ込め政策に寄与する道を選んだ。そして、その中核的な任務

であったのが、三海峡封鎖とシーレーン防衛であった。三海峡封鎖の目的は、

ソ連の太平洋への進出を阻止するとともに日米の海軍艦艇のソ連海域への

進入を可能にすることであり、シーレーン防衛の目的は、ソ連の攻撃から米海

軍(特に米空母機動部隊)を護衛し、米国の攻勢作戦を支援することであっ

た。このため、海上自衛隊は特に対潜戦能力を向上させ、航空自衛隊はソ連

の爆撃機、戦闘機に対抗するための装備を導入し、陸上自衛隊は水際撃破

戦略を採用した。P-3C、F-15、E-2C 早期警戒機、そして SSM-1 地対艦ミサ

イルなどは、ソ連軍に対抗するための有力な手段となった。

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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ソ連がオホーツク海を SSBN の聖域とする戦略を採用したのを受け、米国

は「海洋戦略(Maritime Strategy)」と呼ばれる攻勢的な戦略を採用し、戦時

においてはオホーツク海に攻撃部隊を進入させ、ソ連の SSBN 戦力を破壊し

ようとする態勢をとった50。具体的には、初期段階でソ連の基地に対して巡航

ミサイルおよび空母艦載機によって攻撃を加え、次の段階でソ連の SSBN を

攻撃型潜水艦(SSN)によって破壊し、米ソの戦略核バランスを米国にとって

有利に変化させるというものであった。

図表 1: オホーツク海と北西太平洋におけるソ連の行動

出典: U.S. Department of Defense, Soviet Military Power: Prospects for Change (1989) を基に沖縄県作成

50 John B. Hattendorf, The Evolution of the U.S. Navy’s Maritime Strategy, 1977-1986, Naval War College Newport Papers 19 (Newport, Rhode Island: Naval War College, 2004); and Barry R. Posen, Inadvertent Escalation: Conventional War and Nuclear Risks (Cornell Studies in Security Affairs) (Cornell University Press, 1992), pp. 129-158.

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図表 2: ソ連からみた北西太平洋と艦艇の行動経路

出典: U.S. Department of Defense, Soviet Military Power: Prospects for Change (1989) を基に沖縄県作成

こうした地政学的背景のもと、日本は自国の防衛力強化を通じて西側陣営

による対ソ封じ込め政策に寄与する道を選んだ。そして、その中核的な任務

であったのが、三海峡封鎖とシーレーン防衛であった。三海峡封鎖の目的は、

ソ連の太平洋への進出を阻止するとともに日米の海軍艦艇のソ連海域への

進入を可能にすることであり、シーレーン防衛の目的は、ソ連の攻撃から米海

軍(特に米空母機動部隊)を護衛し、米国の攻勢作戦を支援することであっ

た。このため、海上自衛隊は特に対潜戦能力を向上させ、航空自衛隊はソ連

の爆撃機、戦闘機に対抗するための装備を導入し、陸上自衛隊は水際撃破

戦略を採用した。P-3C、F-15、E-2C 早期警戒機、そして SSM-1 地対艦ミサ

イルなどは、ソ連軍に対抗するための有力な手段となった。

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ソ連がオホーツク海を SSBN の聖域とする戦略を採用したのを受け、米国

は「海洋戦略(Maritime Strategy)」と呼ばれる攻勢的な戦略を採用し、戦時

においてはオホーツク海に攻撃部隊を進入させ、ソ連の SSBN 戦力を破壊し

ようとする態勢をとった50。具体的には、初期段階でソ連の基地に対して巡航

ミサイルおよび空母艦載機によって攻撃を加え、次の段階でソ連の SSBN を

攻撃型潜水艦(SSN)によって破壊し、米ソの戦略核バランスを米国にとって

有利に変化させるというものであった。

図表 1: オホーツク海と北西太平洋におけるソ連の行動

出典: U.S. Department of Defense, Soviet Military Power: Prospects for Change (1989) を基に沖縄県作成

50 John B. Hattendorf, The Evolution of the U.S. Navy’s Maritime Strategy, 1977-1986, Naval War College Newport Papers 19 (Newport, Rhode Island: Naval War College, 2004); and Barry R. Posen, Inadvertent Escalation: Conventional War and Nuclear Risks (Cornell Studies in Security Affairs) (Cornell University Press, 1992), pp. 129-158.

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練を行った。また、海上自衛隊は高速のミサイル艇導入、不審船の武装解

除・無力化のための「特別警備隊」の編成、護衛艦や哨戒ヘリへの機関銃の

装備などを行いながら、海上保安庁との連携も強化した。

(3) 中国の台頭と米国の対応 近年、中国が海空軍を中心とする軍事力の増強と近代化を進め、それを背

景に地域における影響力の強化を目指し始めたことによって、アジアにおけ

る軍事戦略が新たな展開をみせつつある。まず、中国の軍備増強の中でも特

に注目されているのが、いわゆる「近接阻止・領域拒否(anti-access/area denial: A2/AD)」能力の構築である。これは、近くは南シナ海、東シナ海、黄

海などから、遠くは西太平洋から米国をはじめとする他国の影響力を排除し、

それを通じて、地域において自国に有利な秩序を形成することを目的とする

ものである。そして、中国はその手段として自国の周辺に「第 1 列島線」と「第

2 列島線」という 2 つの防衛ラインを設定し、それを守るために各種の水上艦

艇、潜水艦、戦闘機、爆撃機、巡航ミサイル、弾道ミサイル、対艦弾道ミサイ

ル(ASBM)などを増強あるいは開発している。なかでも、中距離弾道ミサイル

や長射程の巡航ミサイルは前方展開された米軍や在日米軍基地に脅威を与

えることができ、多数の対艦ミサイルを搭載したソブレメンヌイ級駆逐艦、静粛

性にすぐれるキロ級潜水艦などは、米国の空母をはじめとする機動打撃部隊

が中国の周辺海域や西太平洋で行動するのを阻碍することができる。一方、

ASBM は技術的には実現困難であり、米海軍にとっての現実的な脅威とは

なり得ないであろう。しかし、実際に命中しないとしても、ASBM が配備されれ

ば米軍はコストのかかる対抗措置をとらざるをえなくなり、また、米国の政策決

定者は中国近海への空母などの配備をためらわざるをえなくなる。そして、

ASBM がなくても、J-20 ステルス機をアクセス拒否に用いることは十分可能で

ある。中国が強化しつつある A2/AD 能力の目的は、短期的には台湾への米

国の介入を阻止するためのものであり、中長期的には米国や日本をはじめと

する地域諸国が、領土や資源の帰属を含む地域秩序のあり方に口出しでき

なくするようにするためのものであるとみられる。

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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(2) 冷戦後の軍事戦略 冷戦の終焉は北東アジアの戦略環境を大きく変えた。冷戦後の脅威は不

明確、多様かつ地理的にも大きい広がりをもつものとなった。大国間の全面

戦争の可能性は低下し、新たな脅威の多くは低強度あるいは間接的なものに

なった。その代わり、低強度の脅威が現実のものになる可能性は増大した。こ

うして、冷戦終焉後の日本は、様々な新しい脅威に直面することになった。

1994 年には朝鮮半島で北朝鮮の核開発をめぐる危機が高まり、北朝鮮に対

する経済制裁が真剣に検討された。1995 年には東京の地下鉄でオウム真理

教グループによるサリン散布事件が発生し、11 人が死亡、多数が負傷した。

1998 年には北朝鮮の発射したテポドン・ミサイルが日本上空を越えて太平洋

に着弾し、続く 1999 年には北朝鮮の工作船 2 隻が日本の領海内で発見さ

れた。そして、2001 年には新しい時代を象徴する 9/11 テロが発生したのであ

る。その後も、同年 12 月には麻薬密輸に携わっていたとみられる北朝鮮の工

作船 1 隻が九州南西海域で発見され、2002 年には北朝鮮が日本人の拉致

を認めた。そして、2006 年と 2009 年には北朝鮮が核実験を行った。

このような新しい動きや戦略環境の変化をうけて、日米両国は 1997 年に

「日米防衛協力のための指針」の見直しを行い(新ガイドライン)、1999 年に

は日本で「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置

に関する法律」(周辺事態法)が成立した。これによって、「日本周辺地域に

おける事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合」、日本本土から

離れた地域においても日本が米軍の作戦に支援を提供することとなった51。

9/11 テロを受けて、「テロ対策特別措置法」(対テロ特措法)が制定されたが、

この法律は周辺事態法を基礎として作られたものであった。また、1998 年の

テポドン発射後、日本政府は新型の弾道ミサイル防衛(BMD)システムにつ

いて米国と共同技術研究を行うことを決定した。

一方、作戦上の対策も進んだ。陸上自衛隊はゲリラ・特殊部隊に対処する

訓練を強化し、野外に潜伏したゲリラ部隊の捜索、包囲、撃滅掃討などの訓

練を行った。そして、日米が共同でゲリラ・特殊部隊に対する市街地戦闘訓 51 日米安全保障協議委員会、日米防衛協力のための指針の見直しの終了、1997 年

9 月 23 日 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/kyoryoku.html

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練を行った。また、海上自衛隊は高速のミサイル艇導入、不審船の武装解

除・無力化のための「特別警備隊」の編成、護衛艦や哨戒ヘリへの機関銃の

装備などを行いながら、海上保安庁との連携も強化した。

(3) 中国の台頭と米国の対応 近年、中国が海空軍を中心とする軍事力の増強と近代化を進め、それを背

景に地域における影響力の強化を目指し始めたことによって、アジアにおけ

る軍事戦略が新たな展開をみせつつある。まず、中国の軍備増強の中でも特

に注目されているのが、いわゆる「近接阻止・領域拒否(anti-access/area denial: A2/AD)」能力の構築である。これは、近くは南シナ海、東シナ海、黄

海などから、遠くは西太平洋から米国をはじめとする他国の影響力を排除し、

それを通じて、地域において自国に有利な秩序を形成することを目的とする

ものである。そして、中国はその手段として自国の周辺に「第 1 列島線」と「第

2 列島線」という 2 つの防衛ラインを設定し、それを守るために各種の水上艦

艇、潜水艦、戦闘機、爆撃機、巡航ミサイル、弾道ミサイル、対艦弾道ミサイ

ル(ASBM)などを増強あるいは開発している。なかでも、中距離弾道ミサイル

や長射程の巡航ミサイルは前方展開された米軍や在日米軍基地に脅威を与

えることができ、多数の対艦ミサイルを搭載したソブレメンヌイ級駆逐艦、静粛

性にすぐれるキロ級潜水艦などは、米国の空母をはじめとする機動打撃部隊

が中国の周辺海域や西太平洋で行動するのを阻碍することができる。一方、

ASBM は技術的には実現困難であり、米海軍にとっての現実的な脅威とは

なり得ないであろう。しかし、実際に命中しないとしても、ASBM が配備されれ

ば米軍はコストのかかる対抗措置をとらざるをえなくなり、また、米国の政策決

定者は中国近海への空母などの配備をためらわざるをえなくなる。そして、

ASBM がなくても、J-20 ステルス機をアクセス拒否に用いることは十分可能で

ある。中国が強化しつつある A2/AD 能力の目的は、短期的には台湾への米

国の介入を阻止するためのものであり、中長期的には米国や日本をはじめと

する地域諸国が、領土や資源の帰属を含む地域秩序のあり方に口出しでき

なくするようにするためのものであるとみられる。

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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(2) 冷戦後の軍事戦略 冷戦の終焉は北東アジアの戦略環境を大きく変えた。冷戦後の脅威は不

明確、多様かつ地理的にも大きい広がりをもつものとなった。大国間の全面

戦争の可能性は低下し、新たな脅威の多くは低強度あるいは間接的なものに

なった。その代わり、低強度の脅威が現実のものになる可能性は増大した。こ

うして、冷戦終焉後の日本は、様々な新しい脅威に直面することになった。

1994 年には朝鮮半島で北朝鮮の核開発をめぐる危機が高まり、北朝鮮に対

する経済制裁が真剣に検討された。1995 年には東京の地下鉄でオウム真理

教グループによるサリン散布事件が発生し、11 人が死亡、多数が負傷した。

1998 年には北朝鮮の発射したテポドン・ミサイルが日本上空を越えて太平洋

に着弾し、続く 1999 年には北朝鮮の工作船 2 隻が日本の領海内で発見さ

れた。そして、2001 年には新しい時代を象徴する 9/11 テロが発生したのであ

る。その後も、同年 12 月には麻薬密輸に携わっていたとみられる北朝鮮の工

作船 1 隻が九州南西海域で発見され、2002 年には北朝鮮が日本人の拉致

を認めた。そして、2006 年と 2009 年には北朝鮮が核実験を行った。

このような新しい動きや戦略環境の変化をうけて、日米両国は 1997 年に

「日米防衛協力のための指針」の見直しを行い(新ガイドライン)、1999 年に

は日本で「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置

に関する法律」(周辺事態法)が成立した。これによって、「日本周辺地域に

おける事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合」、日本本土から

離れた地域においても日本が米軍の作戦に支援を提供することとなった51。

9/11 テロを受けて、「テロ対策特別措置法」(対テロ特措法)が制定されたが、

この法律は周辺事態法を基礎として作られたものであった。また、1998 年の

テポドン発射後、日本政府は新型の弾道ミサイル防衛(BMD)システムにつ

いて米国と共同技術研究を行うことを決定した。

一方、作戦上の対策も進んだ。陸上自衛隊はゲリラ・特殊部隊に対処する

訓練を強化し、野外に潜伏したゲリラ部隊の捜索、包囲、撃滅掃討などの訓

練を行った。そして、日米が共同でゲリラ・特殊部隊に対する市街地戦闘訓 51 日米安全保障協議委員会、日米防衛協力のための指針の見直しの終了、1997 年

9 月 23 日 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/kyoryoku.html

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の 構 想 ( Gaining and Maintaining Access: An Army-Marine Corps Concept)」を発表した。JOAC は A2/AD に対処するための構想であり、その

下にエアシーバトルや陸軍および海兵隊の構想、そして進入作戦(entry operation)や沿岸作戦(littoral operation)などが位置づけられる。

JOAC は、A2/AD に対抗して戦域へのアクセスを確保するために、①前方

基地を維持すること、②軍事・政治的に支援を提供してくれる友好国を確保

すること、③米国から戦域に至る交通路を維持することが重要であると指摘し

ている。また、軍事作戦上の原則として、「敵の防衛網を突破するために、局

地的な領域優勢の空間あるいは回廊を作り出し、任務達成の必要に応じて、

それらを維持する」ことや、「遠隔地(strategic distance)から、カギとなる作戦

上の目標に直接、機動して接近する」こと、そして、「[戦域の]周辺部から敵

の A2/AD 防衛線を押し返すのではなく、A2/AD 防衛網[の心臓部に直接]

縦深攻撃をかける」ことなどを挙げている52。

(4) 米中両国の軍事戦略と冷戦期における米ソの軍事戦略 それでは、こうした米中両国の軍事戦略と冷戦期における米ソの軍事戦略

を比較すると、どのようなことがいえるであろうか。ここでは、両者の類似点と

相違点を検討しつつ、現在の戦略環境が冷戦期より好ましいといえる要素と、

逆に、現在の方が冷戦期よりリスクが高いと考えられる要素を指摘する。

まず、冷戦期の軍事戦略と現在の軍事戦略の類似点であるが、第 1 に、冷

戦期、ソ連がオホーツク海を聖域化しようと試みたのと同様、現在、中国は南

シナ海を「核心利益」と位置づけて聖域化しようとしていることが挙げられる。

そして、ソ連はオホーツク海に、米国を攻撃する能力をもつ SSBN を配備した

が、中国も現在、南シナ海の海南島に SSBN の基地を建設している。さらに、

ソ連が「海洋支配」および「海洋拒否」と称される 2 つの防衛ラインを設定して

オホーツク海へのアクセスを拒否しようとしたのと同様、現在、中国は自国の

周辺に「第 1 列島線」と「第 2 列島線」という 2 つの防衛ラインを設けて、南シ

ナ海へのアクセスを拒否しようとしている。また、アクセス拒否のために用いら 52 U.S. Department of Defense. Joint Operational Access Concept (JOAC). 2012 年

1 月 17 日.p.iii. http://www.defense.gov/pubs/pdfs/JOAC_Jan%202012_Signed.pdf.

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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図表 3: 「第 1 列島線」と「第 2 列島線」

出典: U.S. Department of Defense, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China (2011)

これに対して米国は、「エアシーバトル(Air-Sea Battle)」と称される新しい

作戦構想を開発中であり、そのため、米国防省は 2011 年 11 月にエアシー

バトル室を設置した。そして、2012 年 1 月には米統合参謀本部が A2/AD に

対抗するための「統合作戦アクセス構想(Joint Operational Access Concept: JOAC)」を発表し、さらに、3 月には陸軍と海兵隊が、JOAC における陸軍と

海兵隊の役割を説明した文書「アクセスの確保と維持――陸軍および海兵隊

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の 構 想 ( Gaining and Maintaining Access: An Army-Marine Corps Concept)」を発表した。JOAC は A2/AD に対処するための構想であり、その

下にエアシーバトルや陸軍および海兵隊の構想、そして進入作戦(entry operation)や沿岸作戦(littoral operation)などが位置づけられる。

JOAC は、A2/AD に対抗して戦域へのアクセスを確保するために、①前方

基地を維持すること、②軍事・政治的に支援を提供してくれる友好国を確保

すること、③米国から戦域に至る交通路を維持することが重要であると指摘し

ている。また、軍事作戦上の原則として、「敵の防衛網を突破するために、局

地的な領域優勢の空間あるいは回廊を作り出し、任務達成の必要に応じて、

それらを維持する」ことや、「遠隔地(strategic distance)から、カギとなる作戦

上の目標に直接、機動して接近する」こと、そして、「[戦域の]周辺部から敵

の A2/AD 防衛線を押し返すのではなく、A2/AD 防衛網[の心臓部に直接]

縦深攻撃をかける」ことなどを挙げている52。

(4) 米中両国の軍事戦略と冷戦期における米ソの軍事戦略 それでは、こうした米中両国の軍事戦略と冷戦期における米ソの軍事戦略

を比較すると、どのようなことがいえるであろうか。ここでは、両者の類似点と

相違点を検討しつつ、現在の戦略環境が冷戦期より好ましいといえる要素と、

逆に、現在の方が冷戦期よりリスクが高いと考えられる要素を指摘する。

まず、冷戦期の軍事戦略と現在の軍事戦略の類似点であるが、第 1 に、冷

戦期、ソ連がオホーツク海を聖域化しようと試みたのと同様、現在、中国は南

シナ海を「核心利益」と位置づけて聖域化しようとしていることが挙げられる。

そして、ソ連はオホーツク海に、米国を攻撃する能力をもつ SSBN を配備した

が、中国も現在、南シナ海の海南島に SSBN の基地を建設している。さらに、

ソ連が「海洋支配」および「海洋拒否」と称される 2 つの防衛ラインを設定して

オホーツク海へのアクセスを拒否しようとしたのと同様、現在、中国は自国の

周辺に「第 1 列島線」と「第 2 列島線」という 2 つの防衛ラインを設けて、南シ

ナ海へのアクセスを拒否しようとしている。また、アクセス拒否のために用いら 52 U.S. Department of Defense. Joint Operational Access Concept (JOAC). 2012 年

1 月 17 日.p.iii. http://www.defense.gov/pubs/pdfs/JOAC_Jan%202012_Signed.pdf.

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図表 3: 「第 1 列島線」と「第 2 列島線」

出典: U.S. Department of Defense, Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China (2011)

これに対して米国は、「エアシーバトル(Air-Sea Battle)」と称される新しい

作戦構想を開発中であり、そのため、米国防省は 2011 年 11 月にエアシー

バトル室を設置した。そして、2012 年 1 月には米統合参謀本部が A2/AD に

対抗するための「統合作戦アクセス構想(Joint Operational Access Concept: JOAC)」を発表し、さらに、3 月には陸軍と海兵隊が、JOAC における陸軍と

海兵隊の役割を説明した文書「アクセスの確保と維持――陸軍および海兵隊

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対する攻撃を想起させるものである54。この点については、今後の JOAC や

エアシーバトルの構想の発展が注目される。

次に冷戦期と現在の相違点であるが、これについては、日本にとって好ま

しい相違点と、好ましくない相違点に分けて論じる。まず、日本にとって好まし

い相違点の第 1 は、冷戦期には西太平洋とオホーツク海を分ける戦略的バリ

アの役割を果たしていた千島諸島をソ連が支配していたのに対し、現在は、

同様の役割を果たす南西諸島を日本が支配しているという点である。このた

め、日米両国は南西諸島を防衛ラインとして用いると同時に、攻撃の拠点とし

ても使用することができる。第 2 に、冷戦期のソ連は洗練された軍事超大国

であり、欧州戦域での本格的な戦争遂行能力に加え、グローバルな核戦争を

遂行する能力を保持していた。しかし、現在の中国は装備面でも米国や日本

に劣っており、ソ連のような戦略核能力も有していない。第 3 に、冷戦期の米

ソは軍事・政治・経済・イデオロギーの全ての面で本格的な対立関係にあった

が、米中間には一定の競争・対立は存在するが、その関係は冷戦のような厳

しい対立にはほど遠い。最後に、前項とも関連するが、ソ連の国家目標は米

国との競争における勝利であり、軍事的にはグローバル戦争における勝利で

あった。しかし、中国の目的は、①台湾の独立阻止、②資源の確保・獲得、③

地域における影響力の強化などと多様であり、それ故に、米国との競争のみ

に関心や資源が集中して、対立のエスカレーションを招くという状態には陥り

にくい。

54 U.S. Department of Defense. Joint Operational Access Concept (JOAC). 2012 年

1 月 17 日.p.iii. http://www.defense.gov/pubs/pdfs/JOAC_Jan%202012_Signed.pdf.

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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れた装備にも共通点が多い。ソ連は 2 つの防衛ラインを守るために、多数の

潜水艦、水上艦艇、爆撃機を配備したが、現在、中国も同様の装備を急速に

増強しており、その中には、冷戦期にソ連が用いていたソブレメンヌイ級駆逐

艦などが含まれている。また、最近、中国が初めて運用を開始した空母も、ソ

連時代に建造されたものを中国がウクライナから購入したものである(ソ連名

「ワリャーク」、中国名「遼寧」)。中国は冷戦期のソ連と似かよった軍事戦略を

採用しているのであるから、中国が冷戦期にソ連が開発・生産した装備を多

数導入しているのは偶然ではない。

但し、中国が ASBM を開発しようとしているのは、旧ソ連とは異なる点であ

る。勿論、ASBM が実際に米国の空母に命中する能力をもつかどうかは疑問

であるが、実際の命中精度を別としても、そのような装備を中国が保有するだ

けでも米国にとって大きい心理的な負担となるであろう。また、中国が開発中

の J-20 ステルス機は ASBM の開発が不調に終わった場合のバックアップで

あると見ることもでき、ソ連との比較でいえば、J-20 は Tu-22M バックファイア

爆撃機と同様の役割を期待されているとも考えられる。

冷戦期と現在の第 2 の類似点は、米国の軍事戦略である。冷戦期、ソ連が

オホーツク海聖域化戦略を採用したのを受け、米国は「海洋戦略」という攻勢

的な戦略を採用した。現在の米国の軍事戦略については、まだ JOAC やエ

アシーバトルの構想が具体化していないため、これらの実態が「海洋戦略」と

どの程度、似かよったものになるかは現時点では不明であるが、「敵の防衛網

を突破するために、局地的な領域優勢の空間あるいは回廊を作り出し、任務

達成のための必要に応じて、それらを維持する」、「[戦域の]周辺部から敵の

A2/AD 防衛線を押し返すのではなく、A2/AD 防衛網[の心臓部に直接]縦

深攻撃をかける」などの原則は、「海洋戦略」と一致する部分が大きいといえ

る53。特に、「局地的な領域優勢の空間あるいは回廊を作り出し」という部分は、

まさに冷戦期に日米間の「役割と任務」の分担のなかで日本が担っていた「シ

ーレーン防衛」と一致しており、「A2/AD 防衛網[の心臓部に直接]縦深攻撃

をかける」という部分は巡航ミサイルなどによるウラジオストクやハバロフスクに 53 U.S. Department of Defense. Joint Operational Access Concept (JOAC). 2012 年

1 月 17 日.p.iii. http://www.defense.gov/pubs/pdfs/JOAC_Jan%202012_Signed.pdf.

58

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

59

対する攻撃を想起させるものである54。この点については、今後の JOAC や

エアシーバトルの構想の発展が注目される。

次に冷戦期と現在の相違点であるが、これについては、日本にとって好ま

しい相違点と、好ましくない相違点に分けて論じる。まず、日本にとって好まし

い相違点の第 1 は、冷戦期には西太平洋とオホーツク海を分ける戦略的バリ

アの役割を果たしていた千島諸島をソ連が支配していたのに対し、現在は、

同様の役割を果たす南西諸島を日本が支配しているという点である。このた

め、日米両国は南西諸島を防衛ラインとして用いると同時に、攻撃の拠点とし

ても使用することができる。第 2 に、冷戦期のソ連は洗練された軍事超大国

であり、欧州戦域での本格的な戦争遂行能力に加え、グローバルな核戦争を

遂行する能力を保持していた。しかし、現在の中国は装備面でも米国や日本

に劣っており、ソ連のような戦略核能力も有していない。第 3 に、冷戦期の米

ソは軍事・政治・経済・イデオロギーの全ての面で本格的な対立関係にあった

が、米中間には一定の競争・対立は存在するが、その関係は冷戦のような厳

しい対立にはほど遠い。最後に、前項とも関連するが、ソ連の国家目標は米

国との競争における勝利であり、軍事的にはグローバル戦争における勝利で

あった。しかし、中国の目的は、①台湾の独立阻止、②資源の確保・獲得、③

地域における影響力の強化などと多様であり、それ故に、米国との競争のみ

に関心や資源が集中して、対立のエスカレーションを招くという状態には陥り

にくい。

54 U.S. Department of Defense. Joint Operational Access Concept (JOAC). 2012 年

1 月 17 日.p.iii. http://www.defense.gov/pubs/pdfs/JOAC_Jan%202012_Signed.pdf.

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

58

れた装備にも共通点が多い。ソ連は 2 つの防衛ラインを守るために、多数の

潜水艦、水上艦艇、爆撃機を配備したが、現在、中国も同様の装備を急速に

増強しており、その中には、冷戦期にソ連が用いていたソブレメンヌイ級駆逐

艦などが含まれている。また、最近、中国が初めて運用を開始した空母も、ソ

連時代に建造されたものを中国がウクライナから購入したものである(ソ連名

「ワリャーク」、中国名「遼寧」)。中国は冷戦期のソ連と似かよった軍事戦略を

採用しているのであるから、中国が冷戦期にソ連が開発・生産した装備を多

数導入しているのは偶然ではない。

但し、中国が ASBM を開発しようとしているのは、旧ソ連とは異なる点であ

る。勿論、ASBM が実際に米国の空母に命中する能力をもつかどうかは疑問

であるが、実際の命中精度を別としても、そのような装備を中国が保有するだ

けでも米国にとって大きい心理的な負担となるであろう。また、中国が開発中

の J-20 ステルス機は ASBM の開発が不調に終わった場合のバックアップで

あると見ることもでき、ソ連との比較でいえば、J-20 は Tu-22M バックファイア

爆撃機と同様の役割を期待されているとも考えられる。

冷戦期と現在の第 2 の類似点は、米国の軍事戦略である。冷戦期、ソ連が

オホーツク海聖域化戦略を採用したのを受け、米国は「海洋戦略」という攻勢

的な戦略を採用した。現在の米国の軍事戦略については、まだ JOAC やエ

アシーバトルの構想が具体化していないため、これらの実態が「海洋戦略」と

どの程度、似かよったものになるかは現時点では不明であるが、「敵の防衛網

を突破するために、局地的な領域優勢の空間あるいは回廊を作り出し、任務

達成のための必要に応じて、それらを維持する」、「[戦域の]周辺部から敵の

A2/AD 防衛線を押し返すのではなく、A2/AD 防衛網[の心臓部に直接]縦

深攻撃をかける」などの原則は、「海洋戦略」と一致する部分が大きいといえ

る53。特に、「局地的な領域優勢の空間あるいは回廊を作り出し」という部分は、

まさに冷戦期に日米間の「役割と任務」の分担のなかで日本が担っていた「シ

ーレーン防衛」と一致しており、「A2/AD 防衛網[の心臓部に直接]縦深攻撃

をかける」という部分は巡航ミサイルなどによるウラジオストクやハバロフスクに 53 U.S. Department of Defense. Joint Operational Access Concept (JOAC). 2012 年

1 月 17 日.p.iii. http://www.defense.gov/pubs/pdfs/JOAC_Jan%202012_Signed.pdf.

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日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

61

にもかかわらず、アジアで米ソが直接危機的対立に陥ることはなかった。米ソ

両国は、1950 年代から 60 年代にかけて発生したベルリン危機、キューバ危

機などから教訓を学んでいたのである。一方、現在の中国は、米国と対等な

超大国の座を目指すべく、今回初めて大国ゲームに挑戦しようとしている。つ

まり、現在の中国は 1950~60 年代のソ連と同様の立場にあり、米国との間に

明確なゲームのルールも存在しない。こうした環境においては危機が発生す

るのは不可避ともいえ、その萌芽はすでに 2001 年の EP-3 事件で垣間見ら

れた。最後に、何といっても中国経済はソ連経済よりパフォーマンスがよい。ソ

連経済は米国とがっぷり四つの軍拡競争を行った結果、破綻した。しかし、今

後、米中両国ががっぷり四つの軍拡競争を行った場合、どちらが破綻するの

かは必ずしも明らかではない。過去 10 年間に中国の軍事費は 170%増加し

たが、日本の軍事費は 2.5%減少している。同期間中、米国の軍事費は 59%増えたが、今後は現状維持か、あるいは減少するものと考えられている。

2. アジアにおける脅威シナリオと米軍の役割

こうしたアジアの戦略環境を考えた場合、これからの日本にとって安全保障

上の大きな懸念材料となるシナリオは主に 3 つ存在する。具体的には、①朝

鮮半島での本格的な紛争シナリオ、②北朝鮮不安定化シナリオ、③中国の地

域覇権国化シナリオである。ここでは、これらのシナリオについて、それぞれ、

いかなる対処方針が準備されているのか、そして、その中における米軍の役

割はいかなるものであるかについて述べることとする。

(1) 朝鮮半島での本格的な紛争シナリオ 朝鮮半島で本格的な紛争が発生した場合、米韓両国は「作戦計画 5027

(OPLAN 5027)」で対応することになっている。北朝鮮が韓国に侵攻を始め

ると、米韓両軍はまず空爆で対応し、北朝鮮軍の戦力を十分減殺させたのち、

米韓両国の地上軍が北朝鮮地域に北進する。さらに、第 3 段階でチャンスが

生じれば、両国の海兵隊が朝鮮半島沿岸部から上陸作戦を行い、南から北

上する地上軍と協力して北朝鮮の戦力を挟撃する。

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

60

図表 4: 日本近海などにおける最近の中国の活動

出典: 防衛省、平成24年版 防衛白書(2012)

一方、冷戦期と現在を比較すると、日本にとって好ましくない相違点も見つ

けることができる。第 1 に、ソ連の艦隊にとって、西太平洋に進出するための

出口は宗谷、津軽、対馬の三海峡のみしかなかったが、現在、中国の艦隊が

西太平洋に進出するための出口は少なくとも 9~11 カ所存在する。つまり、

南西諸島を支配しているという点で日米は有利であるが、西太平洋への出口

が多いという点では中国に有利な環境がある。第 2 に、冷戦期に比べ、現代

の軍事競争の戦域は拡大し、「海空陸」の三次元から、「海空陸+宇宙+サイ

バー空間」の五次元に広がっている。勿論、これによって、どちらが、より大き

い利益を得るのかは不明であるが、少なくとも競争の様相がより複雑で不透

明なものとなったのは事実であろう。第 3 に、冷戦期にはカップリングされて

いた欧州戦域と極東戦域が現在の戦略環境においてはディカップリングされ

てしまっている。ソ連はグローバルな脅威であったが、中国は地域的な脅威

に過ぎない。このため、欧州のいくつかの国々は中国への武器輸出に積極的

ですらある。第 4 に、1970 年代後半にソ連が極東で軍拡を始めたときまでに

は米ソ間にゲームのルールが確立されていたため、厳しい対立関係があった

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日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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にもかかわらず、アジアで米ソが直接危機的対立に陥ることはなかった。米ソ

両国は、1950 年代から 60 年代にかけて発生したベルリン危機、キューバ危

機などから教訓を学んでいたのである。一方、現在の中国は、米国と対等な

超大国の座を目指すべく、今回初めて大国ゲームに挑戦しようとしている。つ

まり、現在の中国は 1950~60 年代のソ連と同様の立場にあり、米国との間に

明確なゲームのルールも存在しない。こうした環境においては危機が発生す

るのは不可避ともいえ、その萌芽はすでに 2001 年の EP-3 事件で垣間見ら

れた。最後に、何といっても中国経済はソ連経済よりパフォーマンスがよい。ソ

連経済は米国とがっぷり四つの軍拡競争を行った結果、破綻した。しかし、今

後、米中両国ががっぷり四つの軍拡競争を行った場合、どちらが破綻するの

かは必ずしも明らかではない。過去 10 年間に中国の軍事費は 170%増加し

たが、日本の軍事費は 2.5%減少している。同期間中、米国の軍事費は 59%増えたが、今後は現状維持か、あるいは減少するものと考えられている。

2. アジアにおける脅威シナリオと米軍の役割

こうしたアジアの戦略環境を考えた場合、これからの日本にとって安全保障

上の大きな懸念材料となるシナリオは主に 3 つ存在する。具体的には、①朝

鮮半島での本格的な紛争シナリオ、②北朝鮮不安定化シナリオ、③中国の地

域覇権国化シナリオである。ここでは、これらのシナリオについて、それぞれ、

いかなる対処方針が準備されているのか、そして、その中における米軍の役

割はいかなるものであるかについて述べることとする。

(1) 朝鮮半島での本格的な紛争シナリオ 朝鮮半島で本格的な紛争が発生した場合、米韓両国は「作戦計画 5027

(OPLAN 5027)」で対応することになっている。北朝鮮が韓国に侵攻を始め

ると、米韓両軍はまず空爆で対応し、北朝鮮軍の戦力を十分減殺させたのち、

米韓両国の地上軍が北朝鮮地域に北進する。さらに、第 3 段階でチャンスが

生じれば、両国の海兵隊が朝鮮半島沿岸部から上陸作戦を行い、南から北

上する地上軍と協力して北朝鮮の戦力を挟撃する。

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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図表 4: 日本近海などにおける最近の中国の活動

出典: 防衛省、平成24年版 防衛白書(2012)

一方、冷戦期と現在を比較すると、日本にとって好ましくない相違点も見つ

けることができる。第 1 に、ソ連の艦隊にとって、西太平洋に進出するための

出口は宗谷、津軽、対馬の三海峡のみしかなかったが、現在、中国の艦隊が

西太平洋に進出するための出口は少なくとも 9~11 カ所存在する。つまり、

南西諸島を支配しているという点で日米は有利であるが、西太平洋への出口

が多いという点では中国に有利な環境がある。第 2 に、冷戦期に比べ、現代

の軍事競争の戦域は拡大し、「海空陸」の三次元から、「海空陸+宇宙+サイ

バー空間」の五次元に広がっている。勿論、これによって、どちらが、より大き

い利益を得るのかは不明であるが、少なくとも競争の様相がより複雑で不透

明なものとなったのは事実であろう。第 3 に、冷戦期にはカップリングされて

いた欧州戦域と極東戦域が現在の戦略環境においてはディカップリングされ

てしまっている。ソ連はグローバルな脅威であったが、中国は地域的な脅威

に過ぎない。このため、欧州のいくつかの国々は中国への武器輸出に積極的

ですらある。第 4 に、1970 年代後半にソ連が極東で軍拡を始めたときまでに

は米ソ間にゲームのルールが確立されていたため、厳しい対立関係があった

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日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

63

なっている。そして、こうした事態への対策として、①多数の避難民が出た場

合に収容所や食糧、伝染病ワクチンを提供する手順、②北朝鮮の開城工業

団地などに携わる韓国人が帰国できなくなった際の対応策、③北朝鮮地域の

統治を担当する「北韓自由化行政本部(仮称)」を設置し、統一部長官が本

部長を務める、などが構想されているといわれている。米国は流動的な状況

に対処して、北朝鮮やその周辺に海軍や海兵隊を展開し、紛争対処、平和

構築(治安維持、復興)などに備えることになろう。

しかし、北朝鮮が崩壊した場合の対応については米韓の間で違いがある。

韓国は、北朝鮮は自国領土の一部であるとの見方をとっている。一方、米国

は、国交はないものの、北朝鮮は国連の加盟国で、独立した国家として事実

上認めている。

北朝鮮の崩壊などを想定したシナリオでは、日本の役回りは判然としない。

明確な形で戦争になれば周辺事態とすぐ判断できるが、北朝鮮が不安定化

しているというだけでは、それをすぐに周辺事態と認定することはできない。ま

た、周辺事態を認定した場合でも日本は本格的な軍事行動をとることができ

ないため、役割があるとしても人道支援などが中心となるであろう。

なお、北朝鮮不安定化シナリオでは、日本の基地がどのように用いられる

かは極めて流動的である。日本は国連軍との間で協定があり、日本国内の 7つの基地を国連軍のために使えることになっている。しかし、北朝鮮が崩壊し

たような場合においては中国が拒否権を行使するため、国連安全保障理事

会が、軍事行動を含めた有効な対応を可能にする決議を採択できるとは考え

にくい。中国は自国領土から比較的容易に北朝鮮に入れるうえ、北朝鮮との

間に同盟条約を結んでいるため、米軍と韓国軍が動きをとりにくい状態を醸

成しつつ、自国の行動の自由を確保する方向で動く可能性が高い。

既述のとおり、作戦計画 5027 が使われるような状況では、海兵隊が当初

から投入される可能性は低い。他方、北朝鮮が不安定化している状況におい

ては、海兵隊が初期段階から使用される可能性はある。V-22 オスプレイが本

格的に運用されるようになれば、空中給油によって航続距離を延伸すること

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

62

北朝鮮は必ずしも前方に全ての兵力を配備しておらず、後方の朝鮮半島

沿岸に機械化軍団を配置している。この理由の 1 つは、北から韓国への侵攻

作戦が成功したときに、後続戦力として活用するためで、2 つ目は、米韓の海

兵隊に後方地域から上陸されないようにするためである。つまり、北朝鮮は攻

撃ばかりでなく、防御も考えた戦力配置を行っているのである。逆にいえば、

戦争の初期段階において海兵隊が敵地に上陸するのはリスクが高すぎるた

め可能性は低い。海兵隊が上陸するのは戦争がかなり進んでからのことであ

り、より具体的には、後方の沿岸地域に配備されている北朝鮮の機械化部隊

が他の地域に移動するか、戦闘力をかなり喪失したのちのこととなるであろう。

米国は在韓米軍、在日米軍に来援部隊を加え、韓国と日本の基地から韓

国防衛の任務を遂行することになる。在日米軍基地については、緒戦におい

ては空軍基地が北朝鮮を空爆するため、あるいは兵力を韓国に投入するた

めに活発に用いられ、それと並行して海軍基地が空母機動部隊などによって

用いられ、その後、沖縄の海兵隊基地が上陸作戦のために使用されることに

なるであろう。

朝鮮半島で紛争が発生すると、日本はこれを「周辺事態」と認定し、米国の

作戦行動を支援することになる。

(2) 北朝鮮不安定化シナリオ 北朝鮮が不安定化し、あるいは崩壊するような事態が発生した場合、韓国

は「復興」と称される対応計画で、米韓両軍は「概念計画 5029(CONPLAN 5029)」に従って対応することになる55。「復興」は、①金正日の突然死(筆者

注―計画作成当時の内容)、②クーデター、住民暴動などによる北朝鮮内戦、

③北朝鮮政権が核・生物・化学兵器やミサイルなど大量殺傷武器に対する統

制力喪失、④北朝鮮住民の大量脱出、⑤政治的理由などによる北朝鮮内の

韓国人の人質化、⑥洪水・地震など、という 6 つのシナリオに基づいたものと

55 作戦計画は、各部隊それぞれについて、どういうタイミング・経路で、どのように移動

して何をさせるかなどが詳述された大部のものである。一方、概念計画は、まだ作戦計

画のような細かい動きまで詰めていないものである。米韓間には概念計画 5029 を作戦

計画に発展させようとする動きもあるが、今までのところ実現していない。

62

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

63

なっている。そして、こうした事態への対策として、①多数の避難民が出た場

合に収容所や食糧、伝染病ワクチンを提供する手順、②北朝鮮の開城工業

団地などに携わる韓国人が帰国できなくなった際の対応策、③北朝鮮地域の

統治を担当する「北韓自由化行政本部(仮称)」を設置し、統一部長官が本

部長を務める、などが構想されているといわれている。米国は流動的な状況

に対処して、北朝鮮やその周辺に海軍や海兵隊を展開し、紛争対処、平和

構築(治安維持、復興)などに備えることになろう。

しかし、北朝鮮が崩壊した場合の対応については米韓の間で違いがある。

韓国は、北朝鮮は自国領土の一部であるとの見方をとっている。一方、米国

は、国交はないものの、北朝鮮は国連の加盟国で、独立した国家として事実

上認めている。

北朝鮮の崩壊などを想定したシナリオでは、日本の役回りは判然としない。

明確な形で戦争になれば周辺事態とすぐ判断できるが、北朝鮮が不安定化

しているというだけでは、それをすぐに周辺事態と認定することはできない。ま

た、周辺事態を認定した場合でも日本は本格的な軍事行動をとることができ

ないため、役割があるとしても人道支援などが中心となるであろう。

なお、北朝鮮不安定化シナリオでは、日本の基地がどのように用いられる

かは極めて流動的である。日本は国連軍との間で協定があり、日本国内の 7つの基地を国連軍のために使えることになっている。しかし、北朝鮮が崩壊し

たような場合においては中国が拒否権を行使するため、国連安全保障理事

会が、軍事行動を含めた有効な対応を可能にする決議を採択できるとは考え

にくい。中国は自国領土から比較的容易に北朝鮮に入れるうえ、北朝鮮との

間に同盟条約を結んでいるため、米軍と韓国軍が動きをとりにくい状態を醸

成しつつ、自国の行動の自由を確保する方向で動く可能性が高い。

既述のとおり、作戦計画 5027 が使われるような状況では、海兵隊が当初

から投入される可能性は低い。他方、北朝鮮が不安定化している状況におい

ては、海兵隊が初期段階から使用される可能性はある。V-22 オスプレイが本

格的に運用されるようになれば、空中給油によって航続距離を延伸すること

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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北朝鮮は必ずしも前方に全ての兵力を配備しておらず、後方の朝鮮半島

沿岸に機械化軍団を配置している。この理由の 1 つは、北から韓国への侵攻

作戦が成功したときに、後続戦力として活用するためで、2 つ目は、米韓の海

兵隊に後方地域から上陸されないようにするためである。つまり、北朝鮮は攻

撃ばかりでなく、防御も考えた戦力配置を行っているのである。逆にいえば、

戦争の初期段階において海兵隊が敵地に上陸するのはリスクが高すぎるた

め可能性は低い。海兵隊が上陸するのは戦争がかなり進んでからのことであ

り、より具体的には、後方の沿岸地域に配備されている北朝鮮の機械化部隊

が他の地域に移動するか、戦闘力をかなり喪失したのちのこととなるであろう。

米国は在韓米軍、在日米軍に来援部隊を加え、韓国と日本の基地から韓

国防衛の任務を遂行することになる。在日米軍基地については、緒戦におい

ては空軍基地が北朝鮮を空爆するため、あるいは兵力を韓国に投入するた

めに活発に用いられ、それと並行して海軍基地が空母機動部隊などによって

用いられ、その後、沖縄の海兵隊基地が上陸作戦のために使用されることに

なるであろう。

朝鮮半島で紛争が発生すると、日本はこれを「周辺事態」と認定し、米国の

作戦行動を支援することになる。

(2) 北朝鮮不安定化シナリオ 北朝鮮が不安定化し、あるいは崩壊するような事態が発生した場合、韓国

は「復興」と称される対応計画で、米韓両軍は「概念計画 5029(CONPLAN 5029)」に従って対応することになる55。「復興」は、①金正日の突然死(筆者

注―計画作成当時の内容)、②クーデター、住民暴動などによる北朝鮮内戦、

③北朝鮮政権が核・生物・化学兵器やミサイルなど大量殺傷武器に対する統

制力喪失、④北朝鮮住民の大量脱出、⑤政治的理由などによる北朝鮮内の

韓国人の人質化、⑥洪水・地震など、という 6 つのシナリオに基づいたものと

55 作戦計画は、各部隊それぞれについて、どういうタイミング・経路で、どのように移動

して何をさせるかなどが詳述された大部のものである。一方、概念計画は、まだ作戦計

画のような細かい動きまで詰めていないものである。米韓間には概念計画 5029 を作戦

計画に発展させようとする動きもあるが、今までのところ実現していない。

63

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

65

はいえ、今後とも低いレベルで推移すると考えられる。一方、「北朝鮮不安定

化シナリオ」の蓋然性は高まると予想される。若く経験不足のリーダー金正恩

が正式に権力の座についてから 1 年が経ったが、今のところは特に問題なく

状況が推移しているようである。しかし、彼の父親である金正日が後継者にな

ったときも、その 2 年後に指導部内で反対派が動きを活発化させたという経

験がある。2 年後というのは、北朝鮮の幹部たちにとっても金正恩の進む方向

性が見えてくる時期であり、その時に損する者と、得する者は誰かということも

見えてくる。「このままではジリ貧になる」と思う者にとっては、勝負に出る最後

のチャンスとなる時期である。そこで勝負に出なければ、そのまま金正恩の権

力が固まっていくことになる。

最後に、「中国の地域覇権国化シナリオ」は、徐々に現実のものとなる方向

で状況が推移しているといわざるを得ない。日米と中国が一定レベルの競

争・対立関係に入ることが不可避となりつつ状況にあって、今後の関心事項

は、「日米と中国の軍事関係において、平時から戦時までのグラデーションの

どの部分が重心になるか」という点に絞られて行くであろう。もし、日米と中国

の軍事関係が比較的低レベルの対立に留まり、「平時における長期的な競争」

という色彩の強いものとなるのであれば、エアシーバトルよりも「動的防衛力」

の方が重要になるであろう。その場合、中国の「海洋におけるゲリラ作戦」にど

のように有効に対処していくかが重要な課題となるため、軍事力を背景とした

外交心理戦が重要な役割を果たす。本格的な紛争が発生する可能性は低い

が、平時におけるせめぎあい、例えば尖閣をめぐる状況のように、領海に中国

艦船が繰り返し侵入し、徐々に既成事実を作ろうとする状態が続く。

日米と中国の関係が悪化し、本格的な軍事対立が生まれることになる場合

には、SSBN を含む中国の核戦略の動向や、A2/AD 能力の進展などが重大

な関心事項となる。こうした状況においては、長距離打撃能力をはじめとする

戦争遂行戦略の維持や本格的な抑止能力が重要になるため、戦力の脆弱性

を低めるため、米海兵隊を含め、日米両軍は後方に下がり、あるいは戦力の

分散化を図るなどの措置をとることになるかも知れない。沖縄に配備された海

兵隊は脆弱性が高いため、オーストラリアやグアム方面に移転したりする。あ

るいは、日本国内で移転先を探すとすれば、東北や北海道方面も候補地とな

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

64

ができるため、沖縄から韓国や北朝鮮に直接兵員を輸送することも可能にな

る。

(3) 中国の地域覇権国化シナリオ 最後に、中国の地域覇権国化シナリオに対応するための準備は現在進行

形であり、まだ軍事的に煮詰まった計画が登場しているわけではない。現在

までのところ、米国は「エアシーバトル」という作戦概念を構想しているところで

あり、日本は「動的防衛力」によってこれに対応しようとしている。エアシーバト

ルの内容は既述してあるので、ここでは「動的防衛力」についてのみ説明する

こととする。

「動的防衛力」の内容は、2010 年に改訂された防衛政策の基本文書「防衛

計画の大綱」(以下、新大綱)に示されている。新大綱は、平時から戦時にか

けて発生する各種のシナリオに柔軟かつ「シームレス(切れ目なく)」に対応す

ることを目的に、「動的防衛力」を構築していくと述べている。動的防衛力とは、

警戒監視活動を強化することによって平時における情報収集能力と地域にお

けるプレゼンスを高め、また演習や訓練を強化することによって平時における

プレゼンスと、危機や紛争の発生時に必要な即応体制を向上させるというも

のである。こうした考え方は、今後、中国との関係で中心的な課題となるのは、

「がっぷり四つの本格的な軍事衝突」ではなく、「軽いジャブの応酬を繰り返

す平時における競争」であるとの認識に基づいている。2012 年、尖閣諸島の

3 つの島を日本政府が購入したことをきっかけに、中国海監の艦艇や航空機

が尖閣諸島付近の日本の領海や接続水域に頻繁に進入するようになった。

このような牽制行動こそが、今後、日中間で発生する典型的な事態であると

考えられる。中国がこれからも同様の行動をとり続ければ、より深刻な危機が

発生しても不思議ではない。また、2010 年に発生した尖閣諸島における中国

漁船衝突事件に見られるように、必ずしも両国政府のコントロールの効かない

民間人の行動によって危機が引き起こされる可能性もある。

(4) 今後の展望 これらのシナリオの中で、「朝鮮半島での本格的な紛争シナリオ」が現実化

する可能性は、北朝鮮の核・ミサイル開発の進展が懸念材料になっていると

64

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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はいえ、今後とも低いレベルで推移すると考えられる。一方、「北朝鮮不安定

化シナリオ」の蓋然性は高まると予想される。若く経験不足のリーダー金正恩

が正式に権力の座についてから 1 年が経ったが、今のところは特に問題なく

状況が推移しているようである。しかし、彼の父親である金正日が後継者にな

ったときも、その 2 年後に指導部内で反対派が動きを活発化させたという経

験がある。2 年後というのは、北朝鮮の幹部たちにとっても金正恩の進む方向

性が見えてくる時期であり、その時に損する者と、得する者は誰かということも

見えてくる。「このままではジリ貧になる」と思う者にとっては、勝負に出る最後

のチャンスとなる時期である。そこで勝負に出なければ、そのまま金正恩の権

力が固まっていくことになる。

最後に、「中国の地域覇権国化シナリオ」は、徐々に現実のものとなる方向

で状況が推移しているといわざるを得ない。日米と中国が一定レベルの競

争・対立関係に入ることが不可避となりつつ状況にあって、今後の関心事項

は、「日米と中国の軍事関係において、平時から戦時までのグラデーションの

どの部分が重心になるか」という点に絞られて行くであろう。もし、日米と中国

の軍事関係が比較的低レベルの対立に留まり、「平時における長期的な競争」

という色彩の強いものとなるのであれば、エアシーバトルよりも「動的防衛力」

の方が重要になるであろう。その場合、中国の「海洋におけるゲリラ作戦」にど

のように有効に対処していくかが重要な課題となるため、軍事力を背景とした

外交心理戦が重要な役割を果たす。本格的な紛争が発生する可能性は低い

が、平時におけるせめぎあい、例えば尖閣をめぐる状況のように、領海に中国

艦船が繰り返し侵入し、徐々に既成事実を作ろうとする状態が続く。

日米と中国の関係が悪化し、本格的な軍事対立が生まれることになる場合

には、SSBN を含む中国の核戦略の動向や、A2/AD 能力の進展などが重大

な関心事項となる。こうした状況においては、長距離打撃能力をはじめとする

戦争遂行戦略の維持や本格的な抑止能力が重要になるため、戦力の脆弱性

を低めるため、米海兵隊を含め、日米両軍は後方に下がり、あるいは戦力の

分散化を図るなどの措置をとることになるかも知れない。沖縄に配備された海

兵隊は脆弱性が高いため、オーストラリアやグアム方面に移転したりする。あ

るいは、日本国内で移転先を探すとすれば、東北や北海道方面も候補地とな

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

64

ができるため、沖縄から韓国や北朝鮮に直接兵員を輸送することも可能にな

る。

(3) 中国の地域覇権国化シナリオ 最後に、中国の地域覇権国化シナリオに対応するための準備は現在進行

形であり、まだ軍事的に煮詰まった計画が登場しているわけではない。現在

までのところ、米国は「エアシーバトル」という作戦概念を構想しているところで

あり、日本は「動的防衛力」によってこれに対応しようとしている。エアシーバト

ルの内容は既述してあるので、ここでは「動的防衛力」についてのみ説明する

こととする。

「動的防衛力」の内容は、2010 年に改訂された防衛政策の基本文書「防衛

計画の大綱」(以下、新大綱)に示されている。新大綱は、平時から戦時にか

けて発生する各種のシナリオに柔軟かつ「シームレス(切れ目なく)」に対応す

ることを目的に、「動的防衛力」を構築していくと述べている。動的防衛力とは、

警戒監視活動を強化することによって平時における情報収集能力と地域にお

けるプレゼンスを高め、また演習や訓練を強化することによって平時における

プレゼンスと、危機や紛争の発生時に必要な即応体制を向上させるというも

のである。こうした考え方は、今後、中国との関係で中心的な課題となるのは、

「がっぷり四つの本格的な軍事衝突」ではなく、「軽いジャブの応酬を繰り返

す平時における競争」であるとの認識に基づいている。2012 年、尖閣諸島の

3 つの島を日本政府が購入したことをきっかけに、中国海監の艦艇や航空機

が尖閣諸島付近の日本の領海や接続水域に頻繁に進入するようになった。

このような牽制行動こそが、今後、日中間で発生する典型的な事態であると

考えられる。中国がこれからも同様の行動をとり続ければ、より深刻な危機が

発生しても不思議ではない。また、2010 年に発生した尖閣諸島における中国

漁船衝突事件に見られるように、必ずしも両国政府のコントロールの効かない

民間人の行動によって危機が引き起こされる可能性もある。

(4) 今後の展望 これらのシナリオの中で、「朝鮮半島での本格的な紛争シナリオ」が現実化

する可能性は、北朝鮮の核・ミサイル開発の進展が懸念材料になっていると

65

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

67

あろう。また、自衛隊も警戒監視やプレゼンスを重視するため、より前方に戦

力を展開する態勢をとることになろう。

いずれにせよ、今後、対中戦略を策定する上で、中国自身も明確かつ完

成された戦略をもっているわけではなく、中国の戦略も変化し続けるであろう

ことを念頭に置いておく必要がある。中国の将来は中国の指導者達にとって

も不確実なものであることを忘れてはならない。冷戦期を思い起こせば、西側

の海上交通路(SLOC)攪乱を目的としていた 70 年代のソ連海軍戦略と、戦

略核戦力の運用が中心目的となっていった 80 年代のソ連海軍戦略は全く異

なるものであった。今後、我々が対中戦略を考えるときにも、常に中国の軍

事・外交戦略の変化や、我々の戦略と中国の戦略の相互作用に十分配意し

ながら作業を進めていく必要がある。

3. 海兵隊の役割――冷戦期の回顧と今後の展望

(1) 冷戦期における米海兵隊の役割――海洋戦略のなかの海兵隊 冷戦期のアジアにおいて、米海兵隊は「海洋戦略」遂行に資することを目

的に運用されることになっていた。このため、1985 年には「両用戦戦略(The Amphibious Warfare Strategy)」が策定された56。

冷戦期に想定されていたグローバル戦争における米海兵隊の任務と行動

は次の通りである。まず、第 1 フェーズにおいて海兵隊は直接戦闘に参加し

ない可能性が高く、次のフェーズでの行動に備え、即応性を維持し、迅速に

必要な場所に移動することが主眼となる。具体的には、2 個の海兵水陸両用

旅団(MAB)を日本に空輸し、海上事前集積船隊(MPS Squadrons)と共に

爾後の作戦に備えさせることが考えられる。そして、第 1 および第 3 海兵水陸

両用軍(I and III MAF)は上陸用舟艇で最大限の兵員を必要な場所に移動

させる。また、強襲後続部隊(Assault Follow-on Echelon: AFOE)のための

56“The Amphibious Warfare Strategy, 1985,” in John B. Hattendorf and Peter M. Swartz, eds., U.S. Naval Strategy in the 1980s: Selected Documents, Naval War College Newport Papers 33 (Newport, Rhode Island: Naval War College, 2008), pp. 105-136.

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

66

ろう。冷戦期には南千島や樺太に上陸することを目的とする海兵隊を沖縄に

配備していたのであるから、その距離感も一定の参考となろう。

図表 5: 沖縄の地政学的位置と在沖米海兵隊の意義・役割

出典: 防衛省、平成24年版 防衛白書 (2012)

逆に、中国の「海洋におけるゲリラ作戦」が中心的な問題になるような場合

には、対立する地域の近傍でにらみを利かせておく必要があり、これがまさに

動的防衛力の本質である。その場合、海兵隊を含む在日米軍は前方展開を

維持し、多様な状況への即応能力の維持を重視することになろう。約 600 キ

ロの戦闘行動半径をもつ V-22 オスプレイも重要な役割を果たすことになるで

66

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

67

あろう。また、自衛隊も警戒監視やプレゼンスを重視するため、より前方に戦

力を展開する態勢をとることになろう。

いずれにせよ、今後、対中戦略を策定する上で、中国自身も明確かつ完

成された戦略をもっているわけではなく、中国の戦略も変化し続けるであろう

ことを念頭に置いておく必要がある。中国の将来は中国の指導者達にとって

も不確実なものであることを忘れてはならない。冷戦期を思い起こせば、西側

の海上交通路(SLOC)攪乱を目的としていた 70 年代のソ連海軍戦略と、戦

略核戦力の運用が中心目的となっていった 80 年代のソ連海軍戦略は全く異

なるものであった。今後、我々が対中戦略を考えるときにも、常に中国の軍

事・外交戦略の変化や、我々の戦略と中国の戦略の相互作用に十分配意し

ながら作業を進めていく必要がある。

3. 海兵隊の役割――冷戦期の回顧と今後の展望

(1) 冷戦期における米海兵隊の役割――海洋戦略のなかの海兵隊 冷戦期のアジアにおいて、米海兵隊は「海洋戦略」遂行に資することを目

的に運用されることになっていた。このため、1985 年には「両用戦戦略(The Amphibious Warfare Strategy)」が策定された56。

冷戦期に想定されていたグローバル戦争における米海兵隊の任務と行動

は次の通りである。まず、第 1 フェーズにおいて海兵隊は直接戦闘に参加し

ない可能性が高く、次のフェーズでの行動に備え、即応性を維持し、迅速に

必要な場所に移動することが主眼となる。具体的には、2 個の海兵水陸両用

旅団(MAB)を日本に空輸し、海上事前集積船隊(MPS Squadrons)と共に

爾後の作戦に備えさせることが考えられる。そして、第 1 および第 3 海兵水陸

両用軍(I and III MAF)は上陸用舟艇で最大限の兵員を必要な場所に移動

させる。また、強襲後続部隊(Assault Follow-on Echelon: AFOE)のための

56“The Amphibious Warfare Strategy, 1985,” in John B. Hattendorf and Peter M. Swartz, eds., U.S. Naval Strategy in the 1980s: Selected Documents, Naval War College Newport Papers 33 (Newport, Rhode Island: Naval War College, 2008), pp. 105-136.

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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ろう。冷戦期には南千島や樺太に上陸することを目的とする海兵隊を沖縄に

配備していたのであるから、その距離感も一定の参考となろう。

図表 5: 沖縄の地政学的位置と在沖米海兵隊の意義・役割

出典: 防衛省、平成24年版 防衛白書 (2012)

逆に、中国の「海洋におけるゲリラ作戦」が中心的な問題になるような場合

には、対立する地域の近傍でにらみを利かせておく必要があり、これがまさに

動的防衛力の本質である。その場合、海兵隊を含む在日米軍は前方展開を

維持し、多様な状況への即応能力の維持を重視することになろう。約 600 キ

ロの戦闘行動半径をもつ V-22 オスプレイも重要な役割を果たすことになるで

67

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

69

は国後・択捉両島と色丹島に地上軍部隊を再配備していた。このような行動

の背景には、戦時にこれらの地域が日米両軍の攻撃対象になるとの想定もあ

ったのであろう。

(2) 今後の米海兵隊の役割――JOAC における海兵隊の位置づけ それでは、現在、事実上の対中作戦概念として策定されている JOAC の中

で、海兵隊はどのように位置づけられているのであろうか。ここでは、すでに

紹介した報告書「アクセスの確保と維持――陸軍および海兵隊の構想」に基

づいて、JOAC における海兵隊の位置づけを明らかにする。

報告書は総論として、陸軍と海兵隊は「敵地内に戦力を投入することなど

によって、アクセスを確保・維持するための統合軍の活動に貢献する」と述べ、

「敵地内に侵入すること、あるいは、敵地内に侵入する能力をもって敵に脅威

を与えることによって、陸軍と海兵隊は全体としての作戦の成功に寄与する…」

と指摘している57。そのうえで、具体的に次のような目標を列挙している58。

・ [米軍の]アクセスに対する地上からの脅威を無力化する。その中には、

米側のセンサーや兵器を使いにくくするために、意図的に人口密集地帯

に配備されている戦力も含まれる。 ・ [米軍の]遠隔地からの火力による攻撃を長期的に効果のあるものにす

る。 ・ 戦略的持久能力を提供する。具体的には、敵地への侵入を含む、持続

的かつハイテンポな戦闘作戦、あるいは危機への即応作戦などを提供

する能力である。 ・ 海軍の機動作戦や移動、あるいは海上における通商活動に不可欠なチ

ョークポイントなどの土地を確保、占領、支配する。 ・ 住民を統制し、あるいはその行動に影響力を行使する。 ・ 敵の戦力を撃破する。 57 U.S. Army and U.S. Marine Corps. “Gaining and Maintaining Access: An Army-Marine corps Concept.” 2012 年 3 月. p. 17. http://www.defenseinnovationmarketplace.mil/resources/Army%20Marine%20Corp%20Gaining%20and%20Maintaining%20Access.pdf. 58 同上、p. 17.

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

68

商用・軍用船を必要な場所に移動させる。これらを統合して、前方混成海兵

水陸両用軍(Composite MAFs Forward)を編成することが可能になる。第 2海兵水陸両用軍( II MAF)を太平洋に派遣することもありうるが、逆に、 I MAF および III MAF をインド洋や大西洋正面に移動させることも可能である。

前方展開されている部隊は、米国本土からの部隊と合流し、あるいはエスカ

レーションを避けるための行動をとる。

次に、第 2 フェーズにおいては、海兵隊による限定的な上陸作戦から、

MAF 規模の上陸作戦までが可能となる。これにより、他の軍種や同盟国軍の

来援を容易にすることができる。例えば、南千島への上陸作戦は 1 つのオプ

ションとなる。

最後に、戦争の最終段階である第 3 フェーズにおいては、海兵隊は有利

な条件で戦争を終結させるため、①領土の奪還、②重要な海上交通路

(SLOC)の保全、③ソ連領土の占領、などの任務を遂行することになる。海兵

隊の戦略予備としての価値は、この時点で最も高くなる。太平洋正面におけ

る行動が欧州正面の戦争の帰趨に直接の影響を与えることはないが、機動

的にソ連側の弱点を突くなどの行動をとり、不確実性を高めることは可能とな

る。戦争の最終局面において、MAF は樺太への上陸作戦を行うことが可能と

なる。これによって、オホーツク海と日本海における戦争目的の達成に寄与

することが期待される。

以上のように、冷戦期の太平洋正面における海兵隊のターゲットは、主に

南千島と樺太であった。特に米国としては、戦時においては日本が南千島を

奪還しようとするであろうとの考えもあったため、北海道を攻撃しようとするソ連

に先制攻撃をかけ、南千島と樺太を占領することによって、要塞化されたオホ

ーツク海のソ連潜水艦部隊を攻撃するのを容易にするというような作戦が構

想されていた。

なお、冷戦期にソ連はこれらの地域に戦車、火砲などを装備した相当規模

の地上軍を配備し、また、カムチャッカ半島に陸軍兵力を配備するとともに、

樺太に新レーダーや攻撃ヘリコプターを配備していた。そして、1978 年から

68

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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は国後・択捉両島と色丹島に地上軍部隊を再配備していた。このような行動

の背景には、戦時にこれらの地域が日米両軍の攻撃対象になるとの想定もあ

ったのであろう。

(2) 今後の米海兵隊の役割――JOAC における海兵隊の位置づけ それでは、現在、事実上の対中作戦概念として策定されている JOAC の中

で、海兵隊はどのように位置づけられているのであろうか。ここでは、すでに

紹介した報告書「アクセスの確保と維持――陸軍および海兵隊の構想」に基

づいて、JOAC における海兵隊の位置づけを明らかにする。

報告書は総論として、陸軍と海兵隊は「敵地内に戦力を投入することなど

によって、アクセスを確保・維持するための統合軍の活動に貢献する」と述べ、

「敵地内に侵入すること、あるいは、敵地内に侵入する能力をもって敵に脅威

を与えることによって、陸軍と海兵隊は全体としての作戦の成功に寄与する…」

と指摘している57。そのうえで、具体的に次のような目標を列挙している58。

・ [米軍の]アクセスに対する地上からの脅威を無力化する。その中には、

米側のセンサーや兵器を使いにくくするために、意図的に人口密集地帯

に配備されている戦力も含まれる。 ・ [米軍の]遠隔地からの火力による攻撃を長期的に効果のあるものにす

る。 ・ 戦略的持久能力を提供する。具体的には、敵地への侵入を含む、持続

的かつハイテンポな戦闘作戦、あるいは危機への即応作戦などを提供

する能力である。 ・ 海軍の機動作戦や移動、あるいは海上における通商活動に不可欠なチ

ョークポイントなどの土地を確保、占領、支配する。 ・ 住民を統制し、あるいはその行動に影響力を行使する。 ・ 敵の戦力を撃破する。 57 U.S. Army and U.S. Marine Corps. “Gaining and Maintaining Access: An Army-Marine corps Concept.” 2012 年 3 月. p. 17. http://www.defenseinnovationmarketplace.mil/resources/Army%20Marine%20Corp%20Gaining%20and%20Maintaining%20Access.pdf. 58 同上、p. 17.

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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商用・軍用船を必要な場所に移動させる。これらを統合して、前方混成海兵

水陸両用軍(Composite MAFs Forward)を編成することが可能になる。第 2海兵水陸両用軍( II MAF)を太平洋に派遣することもありうるが、逆に、 I MAF および III MAF をインド洋や大西洋正面に移動させることも可能である。

前方展開されている部隊は、米国本土からの部隊と合流し、あるいはエスカ

レーションを避けるための行動をとる。

次に、第 2 フェーズにおいては、海兵隊による限定的な上陸作戦から、

MAF 規模の上陸作戦までが可能となる。これにより、他の軍種や同盟国軍の

来援を容易にすることができる。例えば、南千島への上陸作戦は 1 つのオプ

ションとなる。

最後に、戦争の最終段階である第 3 フェーズにおいては、海兵隊は有利

な条件で戦争を終結させるため、①領土の奪還、②重要な海上交通路

(SLOC)の保全、③ソ連領土の占領、などの任務を遂行することになる。海兵

隊の戦略予備としての価値は、この時点で最も高くなる。太平洋正面におけ

る行動が欧州正面の戦争の帰趨に直接の影響を与えることはないが、機動

的にソ連側の弱点を突くなどの行動をとり、不確実性を高めることは可能とな

る。戦争の最終局面において、MAF は樺太への上陸作戦を行うことが可能と

なる。これによって、オホーツク海と日本海における戦争目的の達成に寄与

することが期待される。

以上のように、冷戦期の太平洋正面における海兵隊のターゲットは、主に

南千島と樺太であった。特に米国としては、戦時においては日本が南千島を

奪還しようとするであろうとの考えもあったため、北海道を攻撃しようとするソ連

に先制攻撃をかけ、南千島と樺太を占領することによって、要塞化されたオホ

ーツク海のソ連潜水艦部隊を攻撃するのを容易にするというような作戦が構

想されていた。

なお、冷戦期にソ連はこれらの地域に戦車、火砲などを装備した相当規模

の地上軍を配備し、また、カムチャッカ半島に陸軍兵力を配備するとともに、

樺太に新レーダーや攻撃ヘリコプターを配備していた。そして、1978 年から

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日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

71

部隊(Army air assault forces)によって構成される。その後、重装備の後続

部隊が展開するのであるが、報告書は、本格的な上陸インフラを必要とする

重装備の部隊を展開する前に、つなぎとして展開される後続部隊についても

論じており、その具体例として、①機甲垂直機動(mounted vertical maneuver)によって、直接目的地に投入される陸軍の機甲部隊、②海上事前集積戦力

(maritime prepositioning forces)を用いた海兵部隊が挙げられている。

以上のように、報告書「アクセスの確保と維持」は、多岐にわたる海兵隊の

任務や運用構想を提示している。こうした考え方が、今後どのように発展して

いくのかは未知数であるが、ここでは簡単に冷戦期の海兵隊の任務との共通

点と違いを指摘しておきたい。まず、任務についてであるが、「アクセスに対

する地上からの脅威を無力化する」、「海軍の機動作戦や移動、あるいは海

上における商業活動に不可欠なチョークポイントなどに代表される土地を獲

得、占領、支配する」、「敵に聖域を与えないようにする」などは、冷戦期との

共通点として挙げられよう。一方、「遠隔地からの火力による攻撃を長期的に

効果のあるものにする」、「戦略的持久能力を提供する」、「住民を統制し、あ

るいはその行動に影響力を行使する」、「敵の戦力を撃破する」などの任務は、

冷戦期のアジアにおいては、それほど重要ではなかった任務であるといえよう。

次に、海兵隊の保有すべき能力については、冷戦期に比べ、小規模では

あるが、より多数の上陸作戦を遂行することを求められるようになっている。こ

れは、冷戦期においては海兵隊の上陸作戦は戦争の後半に実施されること

が予定されていたものが、最近は他の軍種の行動と同時並行的に上陸作戦

を行うことを想定するものに変化してきた結果とも考えられる。また、冷戦期と

は異なり、海空に加えて、宇宙およびサイバー空間に、より多くの関心が払わ

れているのも特徴である。

冷戦後、米海兵隊は陸軍のように運用される例が増えてきており、その結

果、海兵隊は「第 2 の陸軍」と呼ばれるようになってきた。これは、冷戦期はソ

連が相手であったため、本格的な戦争を遂行する中で、状況に応じて機動的

に上陸作戦を実施する能力が必要であったが、冷戦後は米国の敵になるよう

な国がなくなったため、安全な港湾等を確保して、堂々と重装備を陸揚げす

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

70

・ 敵に聖域を与えないようにする。

そして、陸軍と海兵隊に求められる能力は次の通りである59。

・ 上陸施設などが存在せず、広域に分布している、予想されにくい複数の

侵入地点や上陸可能地域を通じて、多数の機動作戦部隊を同時的に投

入し、維持する。これによって、しっかりと構築された敵の防衛網や自然

の障壁を避けるとともに、自国の戦力を集中させることによって敵にとっ

て攻撃しやすいターゲットを作ってしまうことを回避する。 ・ 空、海、宇宙およびサイバー空間の各領域に対して、敵の行動が悪影響

を及ぼさないようにする。そのため、これらの領域に脅威を与える、陸上

に配備された敵の戦力を発見し、これを確保し、無力化し、あるいは破壊

する。これによって、領域横断的な相乗効果を得ることができる。具体的

には、敵が保有している対空およびミサイル防衛能力、海上輸送の破壊

能力、誘導ロケット、火砲、迫撃砲およびミサイル(G-RAMM)、そして敵

の機動部隊などが攻撃すべき対象となる。 ・ 重要な地域を確保することによって、敵にそこを使えなくさせるとともに、

自国の後続戦力の展開を容易にする。 ・ 受け入れ、展開、前方移動および統合(RSOI)や、現地のインフラへの

依存を最小限に抑えつつ、後続戦力を迅速に投射し、運用することを可

能にする。

また、報告書は侵入部隊を強襲部隊(assault forces)と後続部隊(follow-on forces)の 2 種類に分け、それぞれについて陸軍と海兵隊の投入方法を

具体的に論じている。それによると、強襲部隊は、①艦艇から作戦を実施する

海兵空陸任務部隊(Marine air-ground task forces)、②戦域外あるいは戦域

内から空輸される陸軍空挺部隊(Army airborne forces)、③戦域内にある中

間展開基地(intermediate staging bases)から行動する陸軍ヘリボーン強襲

59 U.S. Army and U.S. Marine Corps. “Gaining and Maintaining Access: An Army-Marine corps Concept.” 2012 年 3 月. p. 7. http://www.defenseinnovationmarketplace.mil/resources/Army%20Marine%20Corp%20Gaining%20and%20Maintaining%20Access.pdf.

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日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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部隊(Army air assault forces)によって構成される。その後、重装備の後続

部隊が展開するのであるが、報告書は、本格的な上陸インフラを必要とする

重装備の部隊を展開する前に、つなぎとして展開される後続部隊についても

論じており、その具体例として、①機甲垂直機動(mounted vertical maneuver)によって、直接目的地に投入される陸軍の機甲部隊、②海上事前集積戦力

(maritime prepositioning forces)を用いた海兵部隊が挙げられている。

以上のように、報告書「アクセスの確保と維持」は、多岐にわたる海兵隊の

任務や運用構想を提示している。こうした考え方が、今後どのように発展して

いくのかは未知数であるが、ここでは簡単に冷戦期の海兵隊の任務との共通

点と違いを指摘しておきたい。まず、任務についてであるが、「アクセスに対

する地上からの脅威を無力化する」、「海軍の機動作戦や移動、あるいは海

上における商業活動に不可欠なチョークポイントなどに代表される土地を獲

得、占領、支配する」、「敵に聖域を与えないようにする」などは、冷戦期との

共通点として挙げられよう。一方、「遠隔地からの火力による攻撃を長期的に

効果のあるものにする」、「戦略的持久能力を提供する」、「住民を統制し、あ

るいはその行動に影響力を行使する」、「敵の戦力を撃破する」などの任務は、

冷戦期のアジアにおいては、それほど重要ではなかった任務であるといえよう。

次に、海兵隊の保有すべき能力については、冷戦期に比べ、小規模では

あるが、より多数の上陸作戦を遂行することを求められるようになっている。こ

れは、冷戦期においては海兵隊の上陸作戦は戦争の後半に実施されること

が予定されていたものが、最近は他の軍種の行動と同時並行的に上陸作戦

を行うことを想定するものに変化してきた結果とも考えられる。また、冷戦期と

は異なり、海空に加えて、宇宙およびサイバー空間に、より多くの関心が払わ

れているのも特徴である。

冷戦後、米海兵隊は陸軍のように運用される例が増えてきており、その結

果、海兵隊は「第 2 の陸軍」と呼ばれるようになってきた。これは、冷戦期はソ

連が相手であったため、本格的な戦争を遂行する中で、状況に応じて機動的

に上陸作戦を実施する能力が必要であったが、冷戦後は米国の敵になるよう

な国がなくなったため、安全な港湾等を確保して、堂々と重装備を陸揚げす

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

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・ 敵に聖域を与えないようにする。

そして、陸軍と海兵隊に求められる能力は次の通りである59。

・ 上陸施設などが存在せず、広域に分布している、予想されにくい複数の

侵入地点や上陸可能地域を通じて、多数の機動作戦部隊を同時的に投

入し、維持する。これによって、しっかりと構築された敵の防衛網や自然

の障壁を避けるとともに、自国の戦力を集中させることによって敵にとっ

て攻撃しやすいターゲットを作ってしまうことを回避する。 ・ 空、海、宇宙およびサイバー空間の各領域に対して、敵の行動が悪影響

を及ぼさないようにする。そのため、これらの領域に脅威を与える、陸上

に配備された敵の戦力を発見し、これを確保し、無力化し、あるいは破壊

する。これによって、領域横断的な相乗効果を得ることができる。具体的

には、敵が保有している対空およびミサイル防衛能力、海上輸送の破壊

能力、誘導ロケット、火砲、迫撃砲およびミサイル(G-RAMM)、そして敵

の機動部隊などが攻撃すべき対象となる。 ・ 重要な地域を確保することによって、敵にそこを使えなくさせるとともに、

自国の後続戦力の展開を容易にする。 ・ 受け入れ、展開、前方移動および統合(RSOI)や、現地のインフラへの

依存を最小限に抑えつつ、後続戦力を迅速に投射し、運用することを可

能にする。

また、報告書は侵入部隊を強襲部隊(assault forces)と後続部隊(follow-on forces)の 2 種類に分け、それぞれについて陸軍と海兵隊の投入方法を

具体的に論じている。それによると、強襲部隊は、①艦艇から作戦を実施する

海兵空陸任務部隊(Marine air-ground task forces)、②戦域外あるいは戦域

内から空輸される陸軍空挺部隊(Army airborne forces)、③戦域内にある中

間展開基地(intermediate staging bases)から行動する陸軍ヘリボーン強襲

59 U.S. Army and U.S. Marine Corps. “Gaining and Maintaining Access: An Army-Marine corps Concept.” 2012 年 3 月. p. 7. http://www.defenseinnovationmarketplace.mil/resources/Army%20Marine%20Corp%20Gaining%20and%20Maintaining%20Access.pdf.

71

II. 日中関係の課題と沖縄

「奉使琉球図巻」沖縄県立博物館・美術館所蔵

※ 本章に掲載の論文などの内容はすべて執筆者の個人的な見解であり、 沖縄県の公式的な見解を示すものではありません。

日米同盟の課題と沖縄の米軍基地

72

ることが可能になったためであった。しかし、近年、中国が台頭し、米国として

も本格的な紛争を想定せざるを得なくなってきたため、再び、上陸作戦の重

要性が増してきたのである。

日米両国は引き続き、軍事プレゼンスが地元住民に与える負担を最小化し

つつも信頼性の高い抑止・防衛態勢を維持するという難しい課題に直面して

いる。本報告書が、政治、軍事、外交、そして経済・社会的な要素を含む、こ

の難しい課題に取り組んでいく上で、何らかの参考となれば幸いである。

72

変化する日米同盟と沖縄の役割

~アジア時代の到来と沖縄~

発 行 平成 25 年 3 月 編 集 沖縄県知事公室

地域安全政策課調査・研究班 〒900‐8570 沖縄県那覇市泉崎一丁目 2 番 2 号 電話 098‐866‐2565

印 刷 オリンピア印刷株式会社 〒550‐0002 大阪市西区江戸堀 2 丁目 1 番 13 号 電話 06‐6448‐8508